グレープフルーツ
一人は、長身痩躯の金髪の少年。
一人は、小柄でくせのある黒髪の少年。
二人は、ひとけのない海岸沿いのバス停で降りた。
「ったく、ココどこだよ」
金髪の少年、蛭魔妖一が吐き捨てるように言った。
「すいません・・・」
小柄な少年、小早川瀬那がこわばった声で言った。
「起こせっつっただろうがよッ」
ヒル魔はセナの小さな背中を、靴の裏で押すように蹴った。
「すいません・・僕も寝ちゃって」
「よだれ垂らしてな」
ヒル魔は道沿いの防波堤に軽々と登り、海を背に腰掛けた。
彼らがここへ到着するまでのあらすじはこうだ。
マイボールの購入を決心したセナは、先輩であるヒル魔に、ボール選びにおいてのアドバイスを求めた。
ヒル魔は一通り説明をしたが、つい最近までアメフトとラグビーがごちゃまぜになってた後輩は、
全く要領を得ないといった顔をしているので、
「明日の日曜の練習が終わったら、ボール選びを付き合ってやる」
と、約束した。
ヒル魔の贔屓にしているスポーツショップまで、バスで20分。
バスの座席に着くなり、ヒル魔は
「着いたら起こせ」と言ったきり眠ってしまった。
真面目なセナの事、もちろん起きているつもりであったが、練習後の疲れた身体に、
バスの揺れは心地よく、あたたかい陽射しは拷問だった。
目を覚ました時には、随分遠くまで来てしまっていたようだ。隣に鬼のような形相をしたヒル魔がいた。
「本当すいません」
セナは多少苦労して防波堤に登り、ヒル魔の横に腰掛け、再度謝罪した。
季節は5月。陽射しは強く、汗ばむ程だ。
背中から吹く、強い潮風が心地よい。
「あー。喉乾いた。お前なんか持ってんだろ」
ヒル魔は謝罪を無視し、セナの学生鞄をあごでしゃくった。
「僕飲み物持ってませんけど・・」
「開けてみろ。今日お前朝からずっとそのニオイがする」
ニオイ?僕なんのニオイがするんだ?複雑な気持ちでバッグをあける。
「あっ」
「ほれ見ろ」
「そうだった…今日朝母さんに持たされたんだった…」
バッグの中には黄色くひかる果実がひとつ。
あたりにはコンビニはおろか自動販売機さえ見当たらない。
セナはいそいそと果実をとりだし、皮をむき半分にわって半分をヒル魔に手渡した。
ヒル魔は受け取ったそのまま果実にかぶりついた。
「え?ヒル魔さん皮むかないんですか?」
セナはひとかけらの身についた薄皮を丁寧にはがしていた。
「めんどくせーだろ」
むしゃむしゃと薄皮ごと果実をかじるヒル魔の息は甘く、苦かった。
「そう・・ですか?」
そういいながらもセナはせっせと薄皮を剥いている。
少しも皮を残すことなくひとかけらを剥き終わった時、長い指がにゅっと伸びてその果実をつまんだ。
「あっ」
セナが声を出した時、きれいに剥かれた果実は、ヒル魔の口の中にすでに放りこまれていた。
「もう、何するんですか!」
セナは当然の抗議をした。
「うまそうだったからよ」
飄々とヒル魔は答えた。
「自分で剥いてくださいよ!」
膨れっ面をしてセナは次のひとかけらをはがした。
「それに剥いたらお前、その手をどうすんだ?」
セナの両方の指は、果汁でまんべんなく濡れていた。
「・・・・・こうするんです!」
ヒル魔に折角むいた果実を横取りされた上、果汁だらけになった指を指摘され、
なかばヤケクソ気味で、セナはひとさし指をぱくっと口にくわえ、指先を舐めた。
「・・・・・・」
ヒル魔は果汁に濡れたセナの指をじっと見ていた。
「・・・なんですか?」
唇から指を離し、セナが訝しげにヒル魔を見た。
「・・・・・・」
セナの指先を見つめていたヒル魔の視線は、ふいにセナの瞳に移された。
そのヒル魔の視線に表れた色。
セナは心臓が一度大きく鳴り、それからあっと言う間に顔が真っ赤になった。
「まさかっ」
セナは上ずった声で言った。
ヒル魔は、答えず顔を天に仰がせ、
「あー。いつ来ンだよ。次のバス」
大きく独り言を言った。
end.