きゃしゃな指
俺の視力は相当良い。
どのくらい良いかはわからねぇ。
今の視力検査では2.0以上は測定しないからだ。記録上は2.0可って事になる。
それと聴力もいい。
だから俺の教室から、グラウンドでやってる、1年のスポーツテストの様子を観察するのなんか、
隣の席でいちゃついてるカップルの会話を聞くのと同じくらいたやすい。
ウチの新入部員の糞チビは、今走り幅跳びの測定待ちで並んでやがる。
さっきの50メートルは、やっぱ途中でスピードが落ちる。イマイチだった。
懸垂なんか最悪だ。平均値にも届いてねぇ。
「あぶない!!」
隣でやってるハンドボール投げのボールが、走り幅飛び待ちの列めがけてぶっとんだ。
はっと気づいた糞チビは、とっさに肩をすくめて右によけた。
見事、前頭部命中だ。
何も動かなきゃ当たらなかったボールに、よけて当たった。
自然界の弱肉強食の世界では、年老いた者や、身体の小さい者、力の弱い者、要領の悪い者は淘汰される。
だからメスは強靱なオスに惹かれ、オスは強い身体のメスに惹かれる。全ては種の保存の本能だ。
あの糞チビは真っ先に淘汰されるタイプだな…。
身体は極端に小さいし、力も弱い。なにより要領がピカイチで悪い。
いつも通りの部活をこなし、いつも通り俺は部室に残って、いつも通りパソコンをいじってた。
普段は糞マネに引きずられて帰る、例の糞チビが、今日は一人残って写真整理をやってる。
そういう性格なのか、クソ丁寧に写真をファイリングしている最中だ。
今日のスポーツテストの事を思い出し、俺はなんとなく奴を見ていた。
部活の後で暑いんだろう、下は制服だが、上は俺が作ってやった「主務」の文字がまぶしいTシャツ1枚。
Tシャツは、部室にあったストックのTシャツで作ったから、奴のサイズよりデカイ。
がばがばのTシャツが、余計身体を小さくみせる。
生まれた年が1年、いや、誕生日の関係によれば、1年も違わないかもしれねーのに、なんでこうも成長に差があんだ?
まあ、後から急にデカくなる奴もいるしな。
それにしても、高校生男子とは思えねえ。
コイツひげとか生えんのか?
手なんかまるで女…とまではいかないが、小せぇし生っちょろい。
女の手がきゃしゃなのは当たり前だが、男の手がきゃしゃだと、なんつーか哀れだな。
コイツだって男なんだから、望んではいねぇだろうし。
でもいつかは、この手も節が目立ってきてゴツくなんだろう。
なんかそれも、もったいねぇな。
ふと、パソコンをテーブルに置き、イスひとつ分空けて隣に座り、ファイルに写真をおさめている奴の手を、
握ってみた。
奴が目を全開に見開いて、こっちを見てる。
顔を見たわけじゃないが、気配でわかる。
俺は構わず、写真を掴んでいた奴の手を、こっちへひっぱり手のひらを返してみる。
つかんでいた写真を取り、こわばった指を開かせる。
小せぇ。
やわらかいってほど柔らかくはないが、節の出てない指が、やわらかい輪郭を作ってる。
俺と同じくらいの年月を、過ごして来たとは思えない、きゃしゃな指だ。
手のひらの上の手首は、手以上に細い。
手の甲を支えていた右手を、左手に持ち替え、右手をそのまま上へ滑らせ、その手首を掴んでみる。
本当にこの細さの中に、骨と、血管と、血と肉がおさまって、正常に機能してんのか。
けれどその手首は生々しいほどあたたかい。
左手でつかんでいる奴の手のひらが、少し汗をかいているので、そこで初めて顔を見た。
唇をぎゅっと結び、水をたたえた目が、俺を見ている。
戸惑ってる、というより脅えているような。身体が半身逃げてやがる。
あえてまっすぐ奴の目を見たままで、手首よりさらに上、肘くらいまでをわざとゆっくり、
指の腹でなでまわし、その肌の性質を確認するように、這い上がった。
ちらちらと奴は不安そうに、肘まで這い上がってくる俺の手を見たが、
視線を戻してもう一度俺の顔を見たときは、顔が真っ赤だった。
経験がなくたってわかるんだろう。あきらかに俺の触り方はイヤラシかった。
なんですか?
と目が訴えている。
さあ、なんだろうな。
同じように応えてやった。
困ったように一瞬どこかへ泳がせた目と、俺の手よりも体温の高い、奴の頼りない手が、
俺に次の衝動を起こさせた。
奴の手のひらを掴んでいた左手を引き、肘を掴んでいた右手をすべらせ、
奴のがばがばのTシャツの袖の中に入れ、素肌の二の腕を掴んで引き寄せた。
体勢を崩した奴は、あいている手をテーブルにつき、身体を支えた。
抱き寄せられた形で、顔を上げた。
まばたきを忘れたのか、大きく見開いた目に、薄く水の膜が張っている。
その目でもう一度聞いてきた。
なんですか?
もう一度応えてやった。
さあな。
ただ、俺の惚れ込んだ脚と、反比例するようなきゃしゃなテメーの指を見てたら、
他の所も触ってみてぇと思っただけだ。
俺は今、お前に欲情してんだ。
せっかく抱き寄せたんだ。
だったら当然その次は、その唇に触れるつもりだ。
俺の同じ場所で。
嫌だったら抵抗しろよ。
お前だって男なんだからな。
そんなに力はいらねぇよ。
ただ嫌がりさえすりゃあ、俺は立ち上がって部室を出る。
それだけだ。明日は何も変わらねぇ。
でも、
もしコイツが嫌がらなかったら、
その唇を俺の自由にさせたら、
この手におさまってるきゃしゃな指を、
どうしてやろう?
end.