2222HIT







王城に、負けた。
進さんに、勝てなかった。
そして賊学戦が、迫っている。
僕の頭は、それで一杯なはずだった。






はるのあらし





春大会に2回戦で敗れ、意気消沈するかと思われた泥門高校アメフト部の部員は、
といっても正規の部員はごく少数だが。彼らの士気は上がっていた。
敗れたとはいえ、優勝候補相手にいい勝負だった。
秋まで、たった半年。されど半年。
自分の力が、チームの力が、どこまで伸びるのかという高揚感。
何をしていくべきか。とにかく秋にはあの強大な王城を、踏み倒す力をつけなければならない。
与えられた時間はあと6ヶ月。
姉崎まもりの提案で、対外試合も決まった。
アメフトをアピールし、戦力となる正部員を確保する為にも、間違っても落とせない試合だ。

「よし、続きは放課後だ」
そう言ったリーダー蛭魔の声は、うららかな春の陽射しには程遠いが、
昨夜から吹き始めたゴウゴウという強風にはよく似合っていた。
春の風は強いものだが、今日の風は格別だ。
部員達の髪はもつれ、油断すると足がよろめくほどの突風が吹き、
砂塵がむきだしの腕や顔に、砂つぶてとなって襲ってくる。

このまま練習を続けていたい。
瀬那はそう思う。
授業の時間がもったいない。いくら走っても足りない。まだ、勝てる気がしない。
部活の時間をどれだけ有効に使っても、それはあの進も同じ。
瀬那が少し進んでも、進もまた進む。
その差が縮まる事は永遠にないんじゃないか。

走って、いたい。

けれども自分が授業をサボれるたちで無いことは解っているので、後片づけにとりかかる。
その時、今日幾度となく吹いた突風が起こった。
重ささえ感じる、春風と呼ぶにはあまりにも力強い旋風は、
軽々とグラウンドの乾いた砂を巻き上げた。
片づけをしながらも、深く考え込んでいた瀬那は、
目に砂ぼこりが侵入するのをたやすく許してしまった。

「・・・・った」
結構な量の砂が、瞼の裏でひしめいている。
普段は気にも止めない砂つぶが、今は瀬那の全神経を独占し、まぶたを上げる事さえ許さない。
目を開けなくては砂は出ない。けれども痛みでそれは容易な事ではない。
手で目を覆い、俯いていた瀬那の髪が、強力な力で後方へ引かれた。
顔は仰向き、手は外れた。
「目ェ開けろ」
蛭魔の声が聞こえた。
髪が抜けそうなほど頭皮が突っ張っているのは、どうやら彼によるものらしい。
「ちょ、痛くて・・・」
目は神経の集中が最も密な部位のひとつで、鈍感な頭皮の痛みなど、今は感じない。
「開けなきゃ砂、出ねぇだろ」
「ちょっと、待ってくださ」
「開・け・ろ」
瀬那は観念した。この男に捕まっては為す術はない。
それに確かにいつかは目を開けなければ、この痛みから開放される事はない。
力をこめていたまぶたの力を抜き、ゆっくり、ゆっくり、と睫毛を持ち上げる。
目にはすでに溢れそうなほど涙が溜まっていた。
青色、金色、肌の色。
ぼんやりと混じり合い、涙に滲んでいる。
数度まばたきをすると、何粒かの涙が頬を流れ落ち、砂つぶ達はあらかた去っていった。
異物感は少々感じるものの、あの強烈な痛みはもうない。
目の焦点がゆっくりと合い、至近距離の蛭魔の目とぶつかった。
その瞬間、瀬那は見てしまった。

蛭魔の手は瀬那の髪を離れ、首筋に回る。
瀬那の鼻先は蛭魔の胸の、砂でざらついたユニフォームに押し付けられている。
頬を濡らした涙が、蛭魔のユニフォームにすばやく吸い込まれた。
香水だとか石鹸だとか、そういった人工的なものではなく、
この世にたったひとつであろう、蛭魔の肌の香りを、瀬那は知った。

「取れたか?」
割と気軽な蛭魔の声に、瀬那は急いで目のしぼりを合わせた。
疑り深く瀬那の目をのぞき込む蛭魔の顔があった。
蛭魔の手は瀬那の首筋には回されてはおらず、相変わらず髪を掴んでいる。
蛭魔のユニフォームにしみを残したはずの涙も、頬にそのまま残っている!

何だ?今のは!?

頭皮がじわじわと痛みだした。
瀬那は反射的に両手で、蛭魔を突き飛ばした。

姉崎まもりいわく、虚弱で貧弱で脆弱な瀬那の腕力でも、
ふいをつかれた蛭魔を一歩、後ずさりさせる事ができた。
蛭魔の指に絡んでいた、もつれた瀬那の髪が、音を立てて幾本か抜けた。
「・・・あんだよ」
その声を聞いたか聞かないか、瀬名は蛭魔に背を向けて駈けだしていた。
あっという間にグラウンドを抜け、校門を出た。

風は向かい風だった。
遠くで発する「オイ!糞チビ!!」という蛭魔の怒声も、
授業開始5分前を知らせる予鈴も、全て聞こえていた。
それでも瀬那は走った。走らざるを得なかった。

あとで蛭魔にさんに殺されるとか、授業に間に合わないとか、
そういう事でもっと僕を埋めて欲しい。
瀬那は強く願った。
けれども瀬那の想いとは裏腹に彼の願う困難は、
向かい風と共に猛スピードで後へ押し流されてしまう。


前から前から襲ってくる、
彼の幻。


目を固くつぶっていても侵入してくる、


気づいてしまった、



自分の気持ち。







___
end.

こんなんでよければ架流一季様に捧げさせていただきたいと思います。

ReheaRsal:北川