サーティセコンズ
「ゲータレードとエビアンがあるけど」
「俺ゲータレードもらっていいスか」
「あ、僕エビアン」
「ヒル魔君は?」
「水」
季節はすっかり涼しくなったとはいえ、
激しい練習の合間の水分補給は欠かせない。
マネージャーの姉崎まもりは、冷えた2種類のドリンクをグラウンドに持ってきて皆にすすめてまわった。
部員達はそれぞれドリンクをもらいベンチに腰掛け、
またはグラウンドに座りこみ小休憩をとった。
「ヒル魔、この後の事なんだけど」
ヒル魔の左隣に栗田が腰掛ける。
「メニューとは違うんだけど、ライン組借りてもいいかな」
部活の練習メニューはヒル魔が決めているが、こういう事も少なくない。
餅は餅屋。ラインは栗田、だ。
「ああ。かまわねえ。何すんだ?」
ヒル魔は傍らにドリンクを置き、栗田とこれからの練習内容についての計画にとりかかった。
そのヒル魔の隣。
「嘘だあ、変わんないよ」
ヒル魔の右隣に腰掛けたセナ。
「いや、そんな事ねーって。だってセナ背ェちぢんでんもん」
そのセナの右隣に座っているモン太。
「そうかなあ」
セナは不満げにそう言って、ストローでよく冷えたミネラルウォーターを吸い上げた。
「絶対そうだって!俺、背ェ伸びたんだよ。ねえ、まもりさん?」
モン太は最近背が伸びたと自負しており、同じくらいの身長のセナは納得がいかない。
「うーん。背くらべしてみたら?」
終わりのない二人の会話にまもりが解決策を打ち出した。
もともとほぼ同じ身長のふたり。背をくらべればはっきりする、というわけだ。
「やろうぜ、セナ」
モン太が立ち上がった。
「う、うん」
セナもドリンクを置き、立ち上がる。
立ち上がった二人は背中合わせに立ち、背筋をできるだけ伸ばした。
「どうっスか!まもりさん!」
モン太が自信ありげにまもりに判決を求める。
「んー。モン太君の方が2センチくらい高いかも」
まもりは二人の頭の高さに合わせてかがみ、言った。
「んな!だから言ったろ!?」
モン太がはしゃいで言った。
「うーーー」
セナは立っているのが悔しいといった感じで、すぐにまたベンチに腰をおろした。
たった2センチじゃない。
まもりは思ったが、この年頃の男の子にとって身長はたとえ2センチだろうと、
2ミリだろうと、貴重なものなのだろうと納得した。
「良し。じゃあコレでいくか」
「うん。オッケー」
ヒル魔と栗田の練習会議は一段落したようだ。
これからの動きを頭の中で確認しつつ、
ヒル魔は置いておいたドリンクに手を伸ばした。
「?」
ない。
すぐ横に置いておいたはずのドリンクが忽然と姿を消していた。
確かにここに置いたと思ったが。
あたりを見回すとヒル魔はすぐに、自分のドリンクがどこにあるのかがわかった。
隣に座った小早川セナの手の中だ。
そのセナの隣に座ったモン太は、ドリンクを手にしている。セナも手にしている。
それなのに二人の間には、もうひとつドリンクが置いてあるのだ。
おそらくそれがセナのもので、
セナは間違えて側にあったヒル魔のドリンクを手にとってしまったのだろう。
「・・・・・」
おい、間違えてるぞ。
たったひとこと言えば済む事なのだが、ヒル魔は黙っていた。
セナはそうとは知らずヒル魔のドリンクを片手に、
身長を伸ばすためには牛乳だというがあれは絶対に嘘だと力説するモン太の話を真剣に聞いていた。
セナは相槌をうちながら、手に持ったドリンクのストローに口をつけた。
が、中身が同じだから、まだ気づかないようだ。
けれどもそのうち自分の側にあるドリンクを見て、
間違えてヒル魔のドリンクに口をつけてしまった事に気づくだろう。
ヒル魔は何も言わずただ、見ていた。
セナが間違いに気づいた時、どんな反応をするのか。
想像すると、笑いがこみ上げてきた。
セナが気づくまで、あと30秒。
end.
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「ヒルセナチッス祭」にしつこく参加した文。