メンエキ2。






あのとき、俺の口から説明すれば良かったと思うか?
まさか、だろ。あいつの青い顔が目に浮かぶ様だ。
こういう事は徐々に、少しづつ、免疫つけながら知っていった方がショックは少ねぇだろ。
まあ、あいつがどんな風に情報を仕入れてくるのか興味があるってのも事実だけどな。


「ヒル魔さーーーん」
昼メシを買いに渡り廊下を歩いていると、後から声が聞こえる。
声の主が誰かはわかってる。わかってるから俺は歩みを止めないし、振り返らない。理由がある。
すぐに軽やかな足音が近づいてくる。
「ヒル魔さん」
俺の横からセナがひょいと顔を出した。この顔。この顔を見るためだ。
当然、今気付いたような顔をするけどな。
「何だ」
俺と一緒に廊下を歩きながら、セナが話す。
「明日から放課後、グラウンドに工事が入るらしいんですけど」
「ああ。2日間は走り込みと筋トレだな」
セナはなんだ知ってたのかという顔をして、ハイと言った。
「お前、予習進んでんのか」
セナの頭上に一瞬「?」が浮かんだが、次の瞬間には真っ赤になった顔を急いで伏せた。
「ま、まあまあ、です」
嘘つけ。
もしすでに予習済みだったら、こんなマヌケに近寄って来ねぇだろ。
「明日、明後日は練習のひきも早いからな」
俺がそう言うと、セナははっと顔を上げてまた小せぇアタマの上に「?」を出した。
「予習時間は充分だよな」
セナはぎくりと表情を固めて、立ち止まった。
俺は立ち止まったセナの頭を軽く二度叩いて、そのまま通り過ぎた。




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どうしたらいい?何をしたらいい?
・・・・・全然思い浮かばない。多分、図書館に行っても無駄だと思うんだよね。
雑誌・・・とか?・・・雑誌って!!そんな雑誌どうするの?
立読みするの?買うの??ていうかそんな事が書いてある雑誌なんてある?
相手は・・・女の子じゃないのに。
ヒル魔さんはどうやって知ったんだろう。やっぱりインターネットとかかな。
そのくらいなら僕もできるけど、家はネット繋がってないし、情報室?
そんな事学校で調べられないよ・・・!誰が見てるかわからないじゃないか。
待って、落ち着け僕。
これがもし女の子相手だったら僕はどうする?
・・・友達に聞く・・かな。
経験者とか、詳しそうな人とか。それでいて信用できる人。

「セナ!帰ろうぜ!!」

今日はグラウンド整備の為、グラウンドを使った練習が出来ないので、
部活もいつもより大分早めに上がれる。
と、いうわけで。
「久々だな!カラオケ!!」
いや、はっきり言って今僕はカラオケに行ける心理状態じゃないんだけど。約束してたから。

「セナ、歌わねえの?」
ほら、やっぱり。
一応歌本をヒザの上に載せてはいるけど、ただ無駄にページをめくってるだけというか。
そもそもカラオケ自体得意じゃないし、モン太の一人舞台だ。
「あ、う、歌うよ」
僕はまたページをめくった。
「・・・・・なんかあった?」
モン太がマイクを通して聞いてきた。
「なんかあんなら言えよ」
マイクを持ったままモン太が言った。
モン太、今日のカラオケ楽しみにしてたのに申し訳ない。
僕がもっとちゃんと気持ちの切り替えができたら、そんな顔させないんだけど。
「うん・・・ちょっと気になる事が・・」
「いいよ。聞くぜ」
モン太のちょっとぶっきらぼうだけど優しい声が、ちいさなカラオケボックスに響いた。
「こないだの保体でさ」
どこから話していいかわからないけれど、これから話す事が僕の事だってバレるわけにはいかない。
なんとかそれを隠して、聞きださなきゃならない。
「ああ、性行為?」
僕は反射的に立ち上がって、奪った。何をって、モン太のマイクを。
「マ、マ、マ、マイク通して言わないでよ!!」
いくら防音だからって、耐えられない。
モン太がアハハと笑った。わざとやったな。
僕はシートに座ってマイクのスイッチをOFFにした。もう、やっぱ話すのやめようかな。
「怒るなって、で?それが何?」
プラスチックのコップに入ったオレンジジュースを吸い上げながらモン太が言う。
「た、例えばだよ。ア、アレってさ。相手が女のひとじゃなくても、で、できるのかな?」
モン太はゲホっとむせて、信じられない物を見るようにこっちを見た。
「お、男同士ってことか・・・?」
あー、やっぱりおかしいおかしい。僕の事だって思われるに決まってる。
「・・・・・・・・」
モン太が黙り込む。
「イ、イヤ、好奇心ていうのかな?どうでもいい事なんだけどっ」
なんて僕は演技がヘタなんだろう。のどがカラカラになってウーロン茶に手を伸ばした。
「・・・・・できる。多分」
あっぶない。驚いてウーロン茶を落としそうになった。動揺しすぎだ、僕。
「で、できるんだ?」
幸い僕の動揺をモン太はそれほど気にしていないようだ。腕を組んで難しい顔をしている。
「俺も、気になってたんだよ。だってさ、エイズって・・・あ、俺の中学ン時の保体の教師さ、
スゲーエイズ問題に力入れてて、よくレポートとか作らされてたんだけど」
あ、そうだったんだ。それでモン太あんなにいきなりアテられたのに堂々と発言できたんだ。
「エイズ感染ってゲイ・・・まあ、男同士だな。が一番多いんだ」
「うん、うん」
へえ、そうなんだ。初耳だけど知ってた事にしておこう。
「じゃあ男同士でもできんのかって」
「き、気になるね」

「・・・・・セナ。もしかしてお前・・・」

腕組みをしたまま、モン太がこっちを振り返る。
「・・・え?ち、違うよ。そ、そんなんじゃな」
し、心臓が、壊れる。こんなスピードで脈打って大丈夫なんだろうか、僕。
「いいって。隠すなよ。お前、そんなに真剣にエイズ問題に取り組んでたのか」
「・・・・・・・・え?」
ちょっと状況がよく掴めな・・・
「偉いぜ。うん。スゲェ大事な事だぜ」
僕の背中をばんばん、とモン太が叩く。
「でも、結局知らねーんだけどな。俺。悪りィな」
気付いてない。モン太気付いてない。方法が解らなかった事なんか今はもう、どうでもいい。
モン太の超がつくほどの鈍感さに今日は感謝しよう。
「わかったら、俺にも教えてくれよ」
そう言ってモン太はまた歌本を引き寄せて、ページを繰った。




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「セナ君、カオ死んでるけど大丈夫?」
「ちょっと、寝不足で。でも、体調悪いとかじゃないですよ。授業中も結構居眠りしちゃいましたし」
ならいいんだけど、とデブが心配そうにチビを見ている。
寝不足、ね。宿題を出して1週間ほどたつか。成果が出たか?
「なんですか、その顔」
チビが一丁前に不機嫌そうなツラで言った。
「別に」
すこし気まずそうにモソモソと着替えている。
「先、グラウンド行ってるね」
放課後練習でグラウンドが使えるのは2日ぶりだ。待ちきれないと言った様子で栗田が部室を出ていく。
「僕も、行きます」
今日はえらい着替えが早いな。セナも逃げるように栗田の出ていったドアに手をかける。
「セナ」
ドアを開けようとした動きがピタリと止る。
「今日、残れよ」
セナがばっと振り返る。
「・・・・・・・・」
真っ赤な顔で歯を食いしばっている。
しばらく何か言いたげにこっちを見ていたが、ドアを開けると外へ飛びだし、勢いよくドアを閉めた。
まあ、顔が青くならないぶん、効果は上々だ。
俺はおかしくなってひとり、笑った。
さて、俺も行くか。椅子から立ち上がったところで、外から声が聞こえた。

「セナーーーーー!!」

外に出ると、ついさっきまで真っ赤な顔して俺を睨みつけていたチビが、うつ伏せに倒れている。
「ヒル魔先輩、セナが・・」
その側にサル。
近くに寄ると、セナの顔あたりのアスファルトに赤いしみが出来ている。
倒れた時に鼻をぶつけたのかもしれない。
そっと身体を仰向けさせる。やはり、鼻から出血している。
サルが動揺気味に言った。
「セナ、鼻血が出たと思ったら、突然倒れて・・・」

ん?

倒れて鼻血が出たんじゃなくて、鼻血が出て倒れた?
セナの顔色は悪くはなく、呼吸もしっかりしている。もしかすると。
「アレ、セナ寝てるんじゃないスか?」
そう。眠っていた。すやすやと。鼻血は止っていないようだが。




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薬くさい。なんでだろう。少し息苦しいような。ああ、でも。久しぶりにすっきりした気がする。
この白い布はなんだろう。・・・というかここは・・・。

「保健室だ」

「午後7時20分。3時間は寝たな」

ベッドのまわりに張り巡らされている白い布の向こうから、セナの聞きなれた声が近づいてくる。
布の間から長い指が見えたと思うと、すばやく開き、声の主が姿を現した。
「練習はもう終わったぞ」
すでに制服に着替えた蛭魔妖一が言った。手には2つの鞄と彼の物にしては小さすぎる制服。
「あれ?」
「あれ、じゃねえ。スッキリした面しやがって」
ヒル魔は二つの鞄と制服を、セナの横になっているベッドにドサリと置き、側の丸椅子に腰掛けて言った。
「僕・・・?なんか息が、苦しいんですけど」
ハアーとため息をついて、ヒル魔はセナに手を伸ばした。
その手には小さな脱脂綿。赤い色が染み込んでいる。
「あ」
セナは自分の鼻に手を当てる。どうやらその脱脂綿が鼻に入っていて息苦しかったらしい。

「まあ、約束通り、ちゃんと残ったけどな」

ヒル魔が開け放ったベッドを仕切る白いカーテンの向こうは、蛍光灯がついており窓の外はすでに黒一色。
だんだんと、覚醒してきたセナの脳裏に記憶が戻ってくる。
セナはそれを恐れるように、ベッドから上半身をがばりと起こした。
布団から這い出たセナの身体はいまだユニフォームを纏っている。
赤いユニフォームに影が落ちる。
セナが影を目で追うとその影はセナの顔にも影を落とした。
消毒液の香りのするベッドがきしみ、唇を塞がれた。
侵入してくる舌から逃げようと、起こしたばかりの背をベッドへ逆もどりするように反らすと、
長い指でうなじを固定された。
セナは両肘をベッドにつき、体重と遠のく意識を支えた。
ヒル魔は右手をベッドについて自分の体重を支え、覆いかぶさるようにして左手でセナのうなじを撫でた。
時々セナが身じろいでベッドがきしむ。
セナはきっと体温が高いのだろう。
彼とそっくりな小さくて、いつも自信なさげなその舌はいつも熱い。
その舌がほんのすこしの抵抗さえやめた時、ちいさく息が漏れた。
舌と同じ、熱い息だった。
ヒル魔はうなじに当てていた指を、ユニフォームの21番に這わせた。
この間のようにそっと触れるのではなく、ユニフォームをずり上げるように腹から胸へ触れた。
セナの身体が震え、ヒル魔の口の中にくぐもったセナの声が反響した。
ヒル魔が取りあわず、舌を絡め、ユニフォームを胸までまくりあげると、
セナは肘の力を抜いた。抜けたのかもしれない。
支えをなくした彼の背中は簡単にベッドに落ちた。
一瞬離れた唇をヒル魔が追いかけると、セナが急いでヒル魔の口に手のひらをおしつけた。
ヒル魔は眉一つ動かさずに、口をふさいでいるセナの手を引き剥がす。

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

セナは驚きと動揺で顔を真っ赤にして声を張り上げた。
「なんで」
ヒル魔は仰向けになってしまったセナに顔を寄せて言った。
「鼻血まで出して」
くすくすと声を殺してヒル魔は笑う。
「予習、カンペキだろ」
セナの赤い耳に吹き込むように言う。セナはしゃべる間もなく身体を震わせる。
「やらせろよ」
ヒル魔は上半身の体重をセナに乗せ、大きな黒い目を覗きこんで言った。
セナはその目と言葉に撃たれ、とろりとした表情をしたが、はっと目に正気が戻った。

「どどどどどこだと思ってるんですか、ココ!」

盛大にどもったセナの言葉は動揺で震えている。

「ここじゃなきゃ、いいんだな」

ヒル魔はニヤリと笑って言った。
しまった。セナは思った。誘導尋問だったのだ。
「かくっ確認しておきたい事がっ」
今のこの状況と、ヒル魔の誘導尋問にひっかかった事で、
セナの脳内は相当な混乱状態だったが、セナは言った。
「ヒル魔さん、持ってますか!」
セナは半泣き状態で声を振り絞った。
「何を?」
思わぬ質問にヒル魔は眉をひそめる。

「コ、コンドームと、ろーしょん、です」

「・・・・・・・・・もう一度」

「だ、だからっコンドームとろーしょん、です」

「・・・・・・・・・・・・・」

「それがないと、だ、駄目です」

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・予習。ちゃんとしたんですから、それがないとしちゃいけないって。男同士でも・・・」
「ひとつ聞いていいか」
「え?」
「どうやって予習した?」
雑誌、ネット、または男友達から情報を得たのではないかというのがヒル魔の予想だった。
しかしそれにしては・・・。

「先生です」

「ア?」

「熊沢先生に、聞いたんです」



セナの、予習の過程はこうだ。
雑誌やネットで調べられるはずもなく、モン太に聞くも情報は得られず、
他に相談できる様な友達が思い浮かばなかった。
悩んだ末、浮かんだのは先週の保健の授業であきれながらも、セナをさとしてくれた教師の顔だった。
昨日の部活終了後、セナは思い切って保体教師の教員室のドアを叩いた。
鬼の熊沢こと、鬼熊は真っ赤な顔をして尋ねてきたセナを見てぼう然としたが、
彼は教師としてこの少年にできる事を考えた。
本来ならば止めなくてはいけないのかもしれない。
けれどここで自分が常識を盾にして逃げれば、
彼はとんでもない身体の怪我や精神的なショックを受けるかもしれない。
はたまたエイズをはじめとする病気の、無知による感染から彼を守ってやれるのは、
今、自分しかいない。
彼は意を決し、自分の息子ほどの年齢の生徒を、知識を持ってして守ろうと決めた。
同性でのコンドームの必要性、男女の身体の違いをまじえ、
不純異性交遊ならぬ、(正しい同性交遊)を授業さながらの講義をしたのだ。



「あっ、ちょっと待って下さい」
ぼう然とするヒル魔をよそに、セナは手を伸ばしてヒル魔の持ってきた自分の鞄をひきずり、
一冊のノートを取りだした。
「ほら、間違ってないですよね?」
ノートを開き、心配そうにヒル魔に見せた。
ヒル魔はノートを受け取り、眺めた。
一見、熱心な授業のノートだ。
シャーペンの他に、赤いボールペンや蛍光ペンでぎっしりと書き込まれている。
ただ、内容は(正しい同性交遊の仕方)ではあるが。

「えっと、ろーしょん?が何なのかよく解らないんですけど・・・。
相手に用意させなさいって。ヒル魔さんは何かわかります?」

ヒル魔は、彼にしては珍しく言葉が出なかった。
あまりに予想外の展開だったのだ。まさか、教師に聞くとは・・・。

その時、保健室のドアが開いた。

「小早川、佐々木先生が送ってくれるそうだが」
黒い上下のいつものジャージ。焼けた肌によく通る声。そう、鬼熊だ。
彼は、上半身を起こしてベッドに座っている小早川セナと、
その横に腰掛けた2年の蛭魔妖一、
そして見覚えのあるノートを見た。

そして、理解した。

「小早川、佐々木先生が通り道だそうだから、車で送って貰いなさい」
セナは遠慮しようと口をひらきかけたが、鬼熊の声がさえぎった。
「蛭魔、お前は補習だ。今から教員室。」

ガラガラピシャン!


「・・・ヒル魔さん。補習だったんですか?」
セナはヒル魔の持ってきた着替えのシャツに袖を通しながら聞いた。
ヒル魔は鬼熊が勢いよく閉めすぎたせいで、はねかえり、半分開いたドアを脱力して眺めて言った。

「たった今、決まったんだよ。誰かさんのお陰で」

ヒル魔はうんざりと自分の鞄を掴んで立ち上がった。



これから彼には、鬼の熊沢による(正しい同性交遊)の補足授業が待っている。










end.