放課後から降り出した雨が、止む気配もなく降り続いている。
どんより曇った鉛色の空から、大地へ降り注ぐ冷たい水は、
校舎も、グラウンドも、少年と、少年の身に纏う全てを、ぐっしょりと濡らしていた。
未成年
少年は、半ば泥水に埋まったラダーを、夢中で飛び越えている。
時には転び、上着も脱ぎ捨てた彼の体は、グラウンドと同じくらいぬかるんでいる。
平素、極度に臆病で、いつも少し先の、悪い未来ばかりが見えてしまう彼の頭は、
いま真っ白だった。
身体が冷たい雨にさらされて、次第に冷えていくのもいとわず、
もっと、もっと速くと、ふやけた大地を踏んだ。
実際、その彼の姿を見ていたら、決して速いとは思わなかっただろう。
足つきはたどたどしいし、濡れた地面はよく滑る。
彼も良く解っていた。
でも、突然自分の中に渦巻きだした感情が、そんな自分を追い越して、ずっと先へ行ってしまったから。
それに追いつく為に、四角い泥を我を忘れるほどに踏み続けた。
どのくらいやっていたんだろうか。
セナはやっと動きをやめた。息が上がっていて苦しい。
膝を少し曲げ、その膝に両手をつき、震える足を押さえるような形で、息を整えようとした。
雨はすこしも変わらず降り続いている。
と、その時携帯電話が鳴った。雨音にも負けない大音量で。
一瞬セナは何がなんだかわからなかった。
激しい運動の後で、頭が働かないという事もあるが。
というのもセナは、学校では必ずマナーモードにしているからだ。
もちろん授業中は電源を切っている。家でもマナーモードのまんまなくらいだ。
しかしその大音量の着信音は、ぐしょぐしょのグラウンドに、傘をたてかけた下の、自分の鞄から鳴っている。
「いつのまにか押されて、マナーモードが解除されちゃったのかな?」
まだ息の整わないまま、鞄へ近づき、鞄の外ポケットに濡れた手を入れた。
携帯は定期と一緒にいつもこのポケットに入れている。
と同時に着信音は鳴りやんだ。
「メールだ。」
まだ整わない息で小さくつぶやいた。
とりあえずその場にしゃがみこみ、今さら無意味だとは思ったけれど、
ひらきっぱなしだった傘を片手でさし、受信メールをチェックした。
Ya-Ha-!
アメフト部員に告ぐ!
泥門高校そば、SONSONに今すぐ集合!!
来ねェ奴は明日、
朝練という名の死刑に処す!
差出人は言うまでもなく、蛭魔妖一だった。
な、何の用だろう…?
さっき教室で、一緒にビデオを観たばかりだと思うけど…。
しかし彼の命令は絶対だ。でないとどんな目にあうか、充分すぎるほどよくわかっている。
けれどセナが蛭魔に従うのは、恐怖だけではない。
いつも間違ってないって思う。
ヒル魔さんの言うことは、なんだかんだ言って正しかったりするんだ。
…でも。
SONSONに集合して、何があるのかはわからないけど、なんにしたってこの格好はまずい。
傘を持っているのにびしょ濡れ。で、カッコ悪いとかもあるけど、まず確実に風邪を引く。
運動をやめたせいか、いまさら身体が急に冷え出してきて、濡れたシャツが肌に張り付き、全身鳥肌だ。
いくら春とはいえ、ここまで濡れたら寒いに決まっている。
でも教室に戻ったところで、ジャージは昨日、洗濯のために家に持って帰ってしまっていた。
家に帰って、着替えてからじゃ遅いだろうし…。
着替えなど入っているはずもないが、タオルくらい入ってるかもしれない。一応鞄を開けてみた。
開けてみて驚いた。
見覚えのないタオルとジャージが、無造作につっこまれている。
鞄、誰かと間違えたのかな?と一瞬頭をかすめたが、そんなはずはない。
いつもの場所に携帯が入っていたし、そこには自分の名前が書かれた、定期も入っている。
取りあえず校舎下の、屋根のあるところまで行き、タオルとジャージをひっぱり出してみた。
ジャージの色は紺。
セナの通う泥門高校では、学年ごとにジャージの色が違う。一年生はエンジ色。
紺は2年生のジャージの色だ。そしてデカイ。
制服同様、大きめのジャージを購入したセナだが、それにしてもこのジャージにくらべれば小さい。
しばらく途方に暮れていると、突然あのボリューム最大と思われる着信音が鳴った。
突然の電子音に、ビクッと肩を飛び上がらせたセナは、その音を止めるべく、急いで携帯を探した。
またメールだった。
テメーがビリだ糞チビ!!
オレのジャージが見えねえのか!
糞ビリ!!
オレのジャージ。
なるほど、紺のジャージ、そしてこのサイズ。
このジャージはヒル魔さんのだったのか。
…でもなんで僕の鞄に?
これに着替えろって事なのかな?
でもいいのかな…僕泥だらけだし…。
そんなセナの胸中を知っているかのように、再びボリューム最大の電子音が鳴った。
「セナ!?転んだの?それにそのジャージ2年のじゃない。というか制服は?」
あれから大急ぎで着替え、SONSONに到着したセナを、最初に見つけたのはまもりだった、
というよりまもりは、SONSONの入り口で、セナの来るのを待っていたのだ。
セナはヒル魔のジャージが合うわけもなく、
すそをだいぶんまくり、靴は制服のローファーだったし、髪はびしょ濡れだった。
まもりが質問攻めになるのも仕方ない。
「そ、そう転んじゃって、それで僕ジャージ家だったから…ヒル魔さんに借りたんだよ。」
まもりは「そう?」と少し納得が行かない、という顔をしたものの、
すぐにいつもの笑顔で「みんな中で買い物中よ」とドアを開けて、セナを中に入るよう促した。
コンビニ内では、ヒル魔と栗田がすでにレジで会計中だった。
「おっせーんだよ糞ビリ!」
コンビニ中に響き渡る大声でヒル魔が怒鳴った。
「セ、セナ君?どうしてジャージなの?髪びしょ濡れだし…」
その横の栗田が、おろおろと言った。
意外というかなんと言うか、雑誌コーナーでしゃがんで立ち読み(?)をしてこっちを見ているのは、
戸叶、十文字、黒木のいわゆるハァハァ三兄弟だった。
「今日ね、打ち上げパーティやるんだって。」
後からセナの肩にポンと手を置き、まもりが言った。
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2へ続きます。