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カム!カム!!デビル!






「あーもーサイッコー!美術サイコー!」

屋上のドアを開くと、薄水色の空に群れをなしたイワシ雲の大群が彼らを迎えた。
「しかも2コマ続き!!」
黒木はその晴れ渡った秋空にスケッチブックを持ったまま、万歳をした。
彼がこんなにもはしゃいでいるのは、
2時間続きの美術の内容が(自由なスケッチ)になったからである。
生徒たちは2時間弱自由にスケッチをし、授業終了時にそのスケッチを提出すればよいのである。
余程熱心でないかぎり、こんな授業は生徒達に二時間の休憩を与えたものと同然である。
「全部美術になっちまえばいいのにな〜。俺美大とか行こうかな〜」
黒木は屋上のフェンスに背を預けて座り込み、無責任な将来計画を口にした。
「そういう問題じゃねーだろ」
十文字はもっともな突っ込みを入れたが、彼自身も悪い気分ではない。
空は高く、風は涼しく心地良く、そして2時間ここでダラダラしていても誰にも文句は言われないのだ。
十文字も黒木の横に腰を下ろし、スケッチブックを投げ出してフェンスにもたれた。
こんなとき前だったら、ポケットからマルボロと百円ライターを取りだして一服するところだ。
けれども今彼らのポケットには、煙草もライターも入っていない。
ニコチンへの依存というよりは、なんとなく手持ちぶさたで、
煙草を吸い始める前はこういう時どうしていたか思い出せない。
黒木も同じようで、その手持ちぶさたを紛らわす為に口を開いた。
「そーいやさっき小耳に挟んだんだけどよ」
「ああ」
十文字は多少救われた様な気持ちで相槌を打った。
「小早川ってA型らしいぜ」
「・・・・」
「いかにも!って感じだよな」
「・・・そうだな」
この年齢の若者の会話に意味など必要ない。
だからどうしたんだという事ばかりで、彼らの生活が構成されていると言っても過言ではないのだ。
それでも黒木の尻切れ発言に、十文字はなにかオチでもあるのではないかと待った。
ふと視界の片隅が動き、赤茶けて錆びたドアから戸叶が顔を出した。
「お!ポカリが来た」
十文字は黒木が身体を起こして戸叶に手を差し出した事で、
さっきの話題がアレで終了だった事を理解した。
「十文字、コーラ」
戸叶が十文字の鼻先ににコーラの缶を突きだした。
それぞれ好きな場所で目に止ったものをスケッチしなさい。
風景でも植物でも友達の顔でも何でも良いです。
授業の最後にいちばん自信のある1枚を提出して、今日の授業は終わりです。
来週スケッチの講評会をします。では授業の邪魔にならないように行ってきてください。
そう美術教師が告げたあと、三人はジャンケンをした。
二時間の(スケッチ)をより有意義にするためのジャンケンだ。
結果戸叶がストレートで負け、自販機で3人分の飲み物を買って屋上に集合という事になった。
「サンキュ」
十文字は冷たく冷えたコーラを受け取ると、プルタブを上げた。
多分1年のうちで一番気持ちの良い季節に、
授業中堂々とくつろいで飲む冷えたコーラはとても美味かった。
「ウワ、トガまたそれ飲んでんのかよ」
ふと戸叶を見ると、彼一人だけ缶ではなく紙パックにストローをさしており、
顔には似合ない彼のお気に入りの飲み物を吸い上げていた。
「またバナナ・オレかよ」
十文字は失笑して言った。
戸叶はお構いなしに、今日発売された少年誌のページを繰った。
が、ふと顔を上げストローから唇を離し、いつもの無駄に真面目な顔つきで言った。
「さっき下で小早川見たぞ。雷門と一緒だった」
美術と体育に関しては常に2クラス合同で授業が行われる。
彼ら3人と小早川セナは同じクラスであるから授業は常に同じだが、
隣のクラスの雷門太郎とは美術以外の授業では一緒にはならない。
きっと彼らも(スケッチ)に(良い場所)を求めて学校内を彷徨っていたのだろう。
だから、何だというのか。
「ふーん」
十文字はまたしても中途半端な相槌を打つ事になった。
喉を鳴らしてポカリスウェットを飲んでいた黒木が、缶から唇を離し唐突に言った。
「そういやさ、十文字。小早川、カノジョとかいねーんだって」

おかしい。
ただの無駄話にしては黒木の目が輝きすぎている。
「・・・そんで?」
十文字は真意を求めた。
「そんで?そんだけだよ。イイ情報じゃん。なあ、トガ」
黒木はなんでもないというように戸叶に同意を求めた。
「果報だな」
戸叶はマンガ雑誌から目を離さず頷いた。
「はあ?どこがイイ情報なんだよ」
十文字は漫画から目を離さない戸叶は置いておいて、黒木に抗議した。
「ハァァァ?何言ってんの?カノジョいねーんだぜ?そしたらあんじゃん、オマエにさ」
黒木は十文字をビシッと人さし指で指し言った。
十文字は嫌な予感がした。
まさか、まさかとは思うが・・・。
「な、何がだよ」
今後の安心のためにここは尋ねておかなくてはならない。
その言葉を聞いた黒木は一瞬驚いたような表情をし、それから顔面の筋肉をこれでもかというほど弛緩させた。
「何がだ、ってよ。トガ!言ってやれ!」
黒木はそのふやけきった表情で戸叶の背中をポンと叩いた。
今まで2人の会話など聞いていないといった集中力で、マンガに没頭していた戸叶が目を上げて十文字を見た。
「・・・チャンスだ」
ぼそりと戸叶が言った。
「そうだ!チャンスだよ!!」
黒木が興奮して続けた。
あってはならない現実が、今まさに目の前に現れようとしている。十文字はそう直感した。
そして十文字の(あってはならない現実)は次の黒木の一言によって、完全に姿を現すだろう。
「好きなんだろ!セ・・小早川の事が!!」
十文字の核心をついた黒木の声はあまりにも大きかった。
「バッ・・・!な、なに血迷って・・・」
それに対する十文字の声量も負けてはいなかった。
戸叶だけがただ、漫画に目を落としたまま静かに笑っていた。
図星を指された人間は怒るしかない。
十文字はまだ中身の入ったコーラの缶を握り潰し、自分の顔面に血の色が浮かんでいるとも知らず怒鳴った。
「し、しかも何テメェ、さっきからセ、セナの事、苗字で呼んでんだよ!」
その十文字のツッコミを待ってましたとばかりに黒木が言った。
「エンリョだよ!エンリョ!!つーか十文字・・・!」
返事を返す黒木の声は、笑いを噛み殺せてはおらず、目には涙さえ浮かび、
台詞を最後まで言いきる事ができなかった。
「どもりすぎ・・・だな」
黒木の後を戸叶が見事に続けた。
いつの間にか立ち上がっていた十文字の体はわなわなと震え、
何をどうやって言い返すべきか、それともこの拳を振るうべきか葛藤していた。
その時、屋上の扉が開いた。

「あ、先客がいたかぁー」
雷門太郎である。
どうやら(快適なスケッチ場所)を探し回った末、ここ屋上へたどり着いたらしい。
しかし先程戸叶が言っていたはずだ。小早川が雷門と一緒だった、と。
「ホントだ」
そう言って雷門の後から顔を覗かせているのは、まぎれもなく小早川セナだった。
黒木、戸叶はフェンスにもたれて座っており、十文字ただ一人が真っ赤な顔で立ち上がっていた。
「黒木」
そう言って戸叶はマンガ本を閉じ、立ち上がった。
「おう」
さっきとは打って変わって神妙な顔つきをして黒木が立ち上がった。
そして2人はそろって屋上の扉へ向かって足早に歩いた。
何事だという顔をして扉から動けずにいる、モン太とセナの前で立ち止まり、二人は声を揃えて言った。
「雷門」
そう呼ばれた瞬間、モン太の体は40センチばかり宙に浮いた。
「・・・え?」
モン太の左腕を戸叶が、右腕を黒木が抱え上げたのである。
モン太を抱え上げたまま、2人はセナを押しのけ屋上へ続く階段を下り始めた。
「モ、モン太・・・!」
セナが3人を追って階段を下りようとする。
「セナあ!」
モン太がセナに助けを求める。
屋上への扉をあいたほうの手で押さえ、セナの顔を見てひとなつこい笑顔で黒木が言った。
「ちょっとココで待っててくれよ。すぐ戻っから」
そして屋上の扉を閉めた。セナの姿は明るい屋上の光と共に鉄の扉に閉ざされた。
そして今度はモン太に対し、戸叶が言った。
「少しだけ時間をくれねえか。あいつに・・・」



「な・・・・・」
何なんだろう・・。あの2人とモン太は仲が良かったのだろうか。
階段を降りる3人の、いや2人分の足音を聞きながら、セナは閉められた屋上の鉄の扉をぼう然と眺めた。
ふと視線を動かすと、扉のすぐ横にセナと同じく取り残された十文字が座り込んでいた。
突然わけのわからない状況で、さして仲が良いわけでもないこの十文字と二人きりにされて、
セナは気詰まりした。
「座れよ」
突然発せられた十文字の低い声に、セナは体がびくんと痙攣するのを抑えられなかったが、
言われるまま扉を背に腰を下ろした。

「・・・・・」

「・・・・・」

座れよ、と言ったからには、十文字が何か言うに違いないと思っていたセナの期待は、
長い沈黙で裏切られた。
「な、何か描いた?」
屋上に投げ捨てられているスケッチブックを見れば、
三人がスケッチをしにここへ来たのではない事くらい、セナにも良く解っていたはずだが、
何か言わずにはいられなかった。
「いや」
座れよと促した割に、十文字は短い返事を返しただけで何も言おうとはしないし、
こちらを見ようともしない。

「・・・・・」

「・・・・・」

「な、なんなんだろうね?」
セナは恐る恐るこの異様な状況を十文字に訪ねた。
「・・・・・」
十文字は何も言わない。努めて言葉を発しないよう努力しているかのような沈黙。
セナは十文字の横顔を窺い見た。
気のせいだろうか。
十文字の横顔はランニングの後のように上気しているように見えた。

「・・・・気ィ、きかしたんじゃねぇの」

やっと十文字の発した言葉が、セナの耳に届いた時、その瞬間。


「ぶっ!ぶわはははははははははははは!!!!」

セナの背中の扉の奥から、盛大な笑い声が聞こえた。それも複数の。
「?」
セナは扉の向こう側に人がいたとは思わず、びっくりして扉を振り返った。
やがてセナの目の前の鉄の扉がゆっくりと開いた。
振り向くと、自分の後に十文字が立ち、扉を開けたようだった。
「ハァ!ウケル!!も、駄目だああ!!」
扉の奥には、つい先ほど階段を降りていったはずの黒木。
「ヤバイ。逃げるぞ」
同じく戸叶。
「青春MAX!!逃げるぞセナ!!」
そしてその2人に連れ去られたはずのモン太。
階段を下りたと見せかけて、3人は扉のすぐ向こう側にいたらしい。それも聞き耳を立てて。
モン太はセナの手を掴み、黒木と戸叶は階段の手すりを乗り越えショートカットして姿を消した。
要領を得ないセナは、モン太に引きずられながら階段を駆け降りた。
いちど振り返ったそこには逆光でよく見えなかったが、俯き、拳を握りしめた十文字がいた。
はるか階下で、黒木の陽気な声が聞こえる。


「センセェーーーー!!十文字君が恋してますーーーーーーーーー!!!」


それに続く二人のバカ笑い。


今、美術の2コマを駆使した壮絶な鬼ごっこが始まった。






end.


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6996HITタマキ様へ捧げます。