ドラキュラ・ガム







ブレザーのポケット。ズボンの左右のポケット。それと後のポケット。
全てに手を突っ込んで発見されたのは、百円玉が2枚と五円玉1枚だけだった。

「チッ」

舌を鳴らした彼を見て、セナは彼のガムが無いのだと気付いた。
「僕ので良ければ」
そう言ってセナは自分の鞄からいちまいのガムを取りだし、差し出した。
蛭魔は自分に差し出された、銀紙にきっちりと包まれた板ガムを訝しげに眺めた後、
そのガムの持ち主を見た。
「無糖じゃないですよ」
セナは彼が何を言いたいのか察し、付け加えた。
ガムは蛭魔にとって煙草のようなものだ。
喫煙者が煙草をきらした時、例え銘柄がちがっても人から一本頂戴するように、
コンビニに行くまでの間だけ口の中にあるだけで良かった。
「甘めぇか」
それでも蛭魔は注意深く質問した。
「結構」
隠しても仕方のないことなので、セナはありのままを答えた。
蛭魔はすこしのあいだ逡巡しているようだったが、やがてセナのガムに手を伸ばした。
銀紙を取り外すと、甘いにおいが漂う。ブドウのような香りだ。外国製なのか着色料も凄い。
仕方なしにその白い粉をまとった赤むらさき色の薄い板を口に放る。
セナはその様子を見て、自分もいちまい取りだして口に入れた。
たちまち二人の間には、過剰なほどの甘い香りが広がる。
「本当に甘めぇな」
そうつぶやいて、パソコンのキーボードを叩く手を止め、
眉間を親指と人さし指でつまむように指圧した。頭痛でもするのかもしれない。
「だから言ったじゃないですか」
口をもぐもぐさせながら、セナは言った。
実はセナとヒル魔が今噛んでいるガムは、ただの甘いガムではなく、
噛むと舌にその鮮やかな着色料が付着し、舌の色が変わるというその名も
「ドラキュラ・ガム」だ。
セナは先日このガムを手に入れ、噛んでから母親やまもりに見せ、
相手を驚かす事に成功している。
今日は、いつも冷静でちょっとやそっとでは驚かない、蛭魔妖一がターゲットだ。
二人は無言でしばらくガムを噛んでいたが、
セナが銀紙に青色がうすまって薄水色になったガムを吐き出し、蛭魔の肘をつついた。

「蛭魔さん」

まだ頭痛がするのか、眉間に皴をよせた蛭魔がセナを振り返った。
セナは蛭魔が驚く顔を見られるかもしれない、という高揚感で胸が高鳴りつつも、
できるだけ舌が見えるようにあかんべーをするように舌を出した。
セナの舌は見事に全てが濃いブルーに染まっていた。ギョっとするような色だ。
その舌を見た蛭魔は、眉をぴくりと動かした。たったそれだけだった。
セナにとっては満足に値するリアクションではなかったが、それでもこの男にしては驚いた方だと言っていい。
蛭魔はガムの包まれていた銀紙をポケットから出して、そこにガムを吐き出した。
赤むらさき色だったガムは、色素を失い今は薄いピンク色になっていた。
蛭魔はセナに向かってその長い舌を、セナがやったようにあごにくっつけるように出した。
蛭魔の舌は真っ赤な血のような色に染まっており、
その真っ赤な舌を出した鋭い八重歯の生えた蛭魔の姿は、
生き血を吸った吸血鬼そのものだとセナは思った。

そう思った瞬間、蛭魔が物凄い瞬発力でセナの出していた青い舌に食いついた。
セナはこの瞬間、本当に血を吸われるのではないかと戦慄した。それほどのスピードだった。
セナの舌は蛭魔の舌によって、口の中に押し戻され、後頭部を手で固定されていた。
自分の身に何が起きているのか、わからない。
蛭魔の噛んだガムのブドウの味が口内を満たす。舌が熱いブドウに襲われていると思った。
その熱くて甘い蛭魔の舌は、執拗にセナの舌に細胞をこすりつけ、からませた。
セナの知らなかった熱が、彼の頭の芯を溶かす頃、蛭魔の舌は離れた。
「・・・・」
セナはぼんやりとした眼差しで、離れていった蛭魔の顔を眺めた。
離れた蛭魔はさっきやったように、出せるだけの舌を出して、セナに見せた。

「!」

ぼんやりとしていたセナの目が見開かれる。
鮮血色だった蛭魔の舌は、青むらさき色に変色していたのだ。
すこし考えれば、セナの舌についた青い色が蛭魔の舌についた赤と混じったのだとわかる事なのだが。
ポカンとしたセナの顔を見て、ヒル魔は満足そうに笑って言った。






「10年早えぇ」







end.





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