シェイクミー・ベイビー






「聞きてぇことあんだよ。十文字」




いつも昼飯を食う屋上で、黒木がそう言って。

バサリ。

放ったものは。

月刊アメフト7月号。太陽スフィンクス対泥門デビルバッツの特集号。
「んだよ」
その雑誌を一瞥して、十文字は事も無げにそう言ったが、
彼の勘のいい心臓は暴れだしていた。
「なんでさ、オマエ嘘ついた?」
屋上のアスファル トに腰をおろしていた十文字を、立ったままの黒木がまっすぐ見つめて言った。
「何がだよ」
十文字は黒木の顔を仰ぎ見なかった。だから黒木の今の瞳の色を、知らなかった。
彼らはいつもお互いの目を見て話すわけではないし、それが普通だろう。
十文字はその普通を装った。

「とぼけんな」

彼のものとは思えない鋭いひとことに、思わず十文字は顔を上げた。
黒木の顔は逆光で、見やすいとはいえなかったが、見えないわけでもなかった。
彼は、怒っている。
「オマエは、褒められてんじゃん」
月刊アメフト7月号。
発売日に3人で目を通そうと開いたが、
十文字の好評価に対して黒木戸叶への酷評を見た十文字は、隠したのだ。
ふたりの目から真実を。
「なんで、嘘ついた?」
黒木のまっすぐな問いに、答えが自然と浮かび上がる。
(やってらんねー)お前等がそう言い出すのが、怖かったからだ。
だが、十文字は胸に浮かんだ言葉をそのまま吐き出せるほど子供ではなかったし、
黒木を満足させるだけの嘘をつけるほど大人ではなかった。
「見間違えたんだよ」
結局、子供だましを口にした。
戸叶は、十文字の向かいにあぐらをかき、何も言わず漫画を読み、ふたりのやりとりを聞いていた。
その戸叶が、漫画を閉じた。
「・・・また、嘘。か?」
戸叶は授業中でも、喧嘩の最中でも、漫画を開いている。おそらく眠っている間も開いているだろう。
その彼が漫画を閉じて、十文字を見た。
「・・・・・・・」
十文字は言葉がでなかった。
嘘をついたと白状する勇気も、弁解する言葉もない。沈黙する事しかできなかった。
「お前はカスじゃねぇじゃんか。 カスは俺等だけ、だろ」
黒木の言葉に、十文字の顔が瞬時に朱に染まる。

「カスじゃねえっ!」

十文字は立ち上がりざま声を荒げて怒鳴った。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
黒木と十文字の視線がぶつかり合う。
「ここに、書いてある」
黒木は目をそらす事なく、下にある雑誌をあごでしゃくった。
「俺と戸叶はカスで。お前は“選手”だ」
その顎を突きだすように、黒木は十文字を睨みつけた。
「んな、クソ雑誌・・・」
十文字は奥歯をかみしめて言った。
「そうだよ。クソ雑誌じゃん。じゃあなんで・・・」
黒木は感情が高まりすぎて言葉が続けられない。いちどうつむき、唇を噛みしめ顔を上げた。

「じゃあなんで隠すんだよ!」

黒木の荒げた声と表情は、怒っている?悔しがっている?

いや。

「なんで、お前が隠すんだよ」

黒木は、悲しんでいる。

十文字の胸がきしむ。
「笑えばいいじゃん。んだよ、このクソ雑誌、って」
黒木は十文字のシャツの襟首に掴みかかった。
「それをさ、お前が、隠したら」
シャツを掴んだまま、黒木が力なくうつむく。
「認め、てんじゃんか。お前」
彼の声は弱く、ちいさく。
十文字は、ただひたすら黒木のうつむいた黒い髪を眺めた。
胸が詰まって、息が苦しい。

「だから俺が!俺がコイツらカスを立ち直らせてやろうっつーのかよ!十文字!!」
顔を上げた黒木が、十文字のシャツを彼ごと突き飛ばすように解放した。

「そんな事、言ってねぇだろ!」
突き飛ばされた十文字が、再び黒木に近づく。
その黒木の前に、すっと一本の腕が伸びる。

「付きあってられねえ。十文字」
戸叶が黒木をかばうようにして、そう言った。
「確かにアメフトも悪くねえ。けど、お前がそう思ってんなら」
サングラスの奥の戸叶の視線が刺さる。

「無理だ」

普段無口な男のひとことは多大だ。
それを差し引いたとしても、十文字は動けなくなった。
今までが、足もとが、身体が、崩れ落ちていくような気がした。
今動いたら、もっと激しく崩れてしまう気がした。
「行くぞ」
そう一言いって、戸叶は黒木の腕をひっぱり屋上を出た。

バタン。


そうじゃねえよ、黒木。

お前等と一緒に高けぇとこ、上がりたかっただけだ。

なんでわかんねぇんだよ、戸叶。

十文字はひとり残された屋上で、
黒木の持ってきた雑誌と、戸叶の置きっぱなしにした漫画を睨みつけた。

「バカが」
ぼそり、広い空の下の屋上で、十文字の声はあまりにちいさかった。








「トガ、いいすぎ」
屋上を出てしばらくして、黒木がぼそりと言った。
「お前だって」
ふたりの歩く廊下は昼休みで騒がしく、彼らふたりだけが沈んでいた。
「十文字、泣いてたらどうすんよ」
黒木が言った。
「泣いてんのはお前だろ」
戸叶は手に漫画がない事に違和感を感じつつ言った。
「泣いて、ねーよ」
うつむいて歩く黒木が言う。
「ふーん」
興味なさげに戸叶は重たい足で廊下を進む。
「十文字さ。今日部活来るよな」
黒木が顔をあげて、心配げに戸叶に訊ねる。
「多分、な」
戸叶が教室の扉に手をかけ、ガラリと開ける。
「たぶん、またクリスマスボウルがどうのとか言い出すよな」
戸叶について、黒木も教室に入る。
「言う、だろうな」
戸叶は自分の席の椅子を引く。
「したらさ、俺ら考えねーといけねぇよな」
黒木も戸叶の前の席を引き、後ろ向きに座る。
「なにを?」
戸叶は机の中をさぐり、予備の漫画を取りだした。

「いいわけ」

戸叶は漫画のページを開く手を止め、黒木を見た。
そして、口の端を少しだけ上げて笑って言った。

「そうだな」

ふたりはそれから、アメフトを続けるための口実を昼休みいっぱい考えた。







「じゃあオレ、十文字のせいにするわ」
「俺も」







end.