番外編
通り雨のあと
「駅前に新しいケーキ屋さんできたんだよ。
姉崎さん一緒に行かない?良かったらモン太君も」
雨の上がった部活終了後の部室で、栗田が言った。
そして今彼らは駅前にできたばかりの、まだ新しい気の香ただようカフェを兼ねたケーキ屋にいる。
そのカフェはテーブルが4つか5つだが、室内は広くゆったりとくつろぐ事ができた。
身体の大きな栗田も安心といったところだ。
内装は白い漆喰の壁によく磨かれた木の床。
テーブルや椅子はアンティーク物のようだが、素朴で飾り気のないシンプルなものである。
できたばかりのカフェだというのに、もう何年も前からあったような暖かさがある。
出される菓子は豪奢でも繊細でもなく、いかにも手作り風といった感じの形もふぞろいなざっくりとしたものだ。
「あ、このチーズケーキ・・・おいしい」
なんの変哲もない白い皿の上に乗った小振りで薄いチーズケーキを、意外そうに見てまもりが言った。
「うん、甘すぎないところがいいね」
栗田が同意した。
「しつこくないし、私の中でナンバーワンかも」
そんな二人のやり取りを、特にケーキに明るいわけでもないモン太は手持ちぶさたに紅茶をすすり、
窓の外へ視線をやった。
今空は雨上がり特有の見事な夕焼けである。
橙に萌える太陽。迫り来る夜。濃紺と金のコントラスト。
そんなモン太の目線に気付いたまもりは、同じように窓の外を眺めた。
空を見て今彼女の頭をよぎる事は、ただひとつ。
「・・・栗田君、気付いてたんでしょ?」
栗田は器用にも両手にフォークを持ち、右手でチーズケーキ左手でガトーショコラを堪能している。
今は左手のガトーショコラを口のなかでもぐもぐさせている。
「うん?」
少し拗ねたようにまもりが言った。
「セナと、その・・・・あの2人の事よ」
ガトーショコラを飲み込み、栗田が応える。
「ああ、うん。なんとなくね」
窓から目を離したモン太が問う。
「え?何の話ッスか?セナがどうかしたんスか?」
まもりは状況を掴めないモン太を一瞥し、栗田に視線を戻し言った。
「いつから?」
「うーん。いつからだろう。こないだの通り雨の後、かなあ」
栗田は何でもないというように応えた。
「ちょ、俺にも教えて下さいよ。あん時なんかあったんスか?」
モン太は先程の黙殺にもめげずに質問する。
「姉崎さんは?いつ知ったの?」
やはりモン太の質問は流されたようだ。
「あの通り雨の次の日・・かな。セナに相談されて。あの子まだ自分で気付いてなかったみたいだったけど」
まもりは憂うつそうな表情で、チーズケーキをつつきながら言った。
「セナなんか悩んでたんスか?俺聞いてないッスよ」
セナの親友であるという自負のあったモン太は多少焦り気味だ。
「そんな顔しないでよ、姉崎さん」
栗田はすこし困ったように眉の端を下げて言った。
「だって・・・相手がよりにもよってあの人なんだもの。
あの人じゃなかったら私も素直に応援できたのになあ」
ため息まじりにまもりがこぼす。
「そっか・・・僕はあの二人、結構お似合いだと思うんだけどなあ。
それに姉崎さんがそんなに心配するような人でもないよ。僕つきあい長いし」
「ちょ、ちょっと待って下さい!もしかしてセナ、彼女出来たんスか?俺も知ってる人ッスか!?」
モン太はこの落ち着いたカフェにそぐわない声を出し、椅子から腰が浮いている。
栗田は少し微笑んで、片手を上げた。
「すいませーーん!苺のムースと抹茶シフォンケーキと、あと季節のタルト追加してくださーい。5個ずつ!」
店員の少々動揺した返事が聞こえる。
そして栗田はまもりに向き直り、にっこりと笑って言った。
「元気出してよ姉崎さん。甘いものでも食べて。僕のおごりだから、ね?」
まもりは栗田が今日ケーキ屋に誘ったのは、自分を元気づける為だったのだという事に気付いた。
「ありがと、栗田君。・・・そうだよね。セナが選んだ事なんだから、私が心配したって仕方ないもんね」
まもりは栗田の優しさとおおらかさを、少し自分に分けてもらったようなそんな力強さを感じた。
急には無理かもしれないけど、あの2人の事を応援できるようになりたいと心から思った。
そんなまもりのやわらかい表情を見て、モン太は言った。
「そうっスよ、まもりさん!セナの彼女がどんな女か知らないッスけど、
別にとって喰われるわけじゃないんスから!!」
姉崎まもり17年の人生で、最も深いため息を吐いたのはこの瞬間だった。
栗田はまたケーキの追加注文をするだろう。
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end.