ディズニーランドに行った。海にも行った。キスもした。
高校受験を控える中学3年の、春だった。
「ゴメン。好きなひと、できちゃった」
俺は、フラれた。
「一休のこと、好きだったよ」
彼女のひとことが、頭を離れなかった。
彼女が一緒の共学に通いたがっている事は知っていた。
けれど俺は男子高を受けることを譲らなかった。
ガキのころから夢中になってるアメフトを、優先するのは当たり前だと思ってた。
彼女もわかってると思ってたんだ。
そんな14歳の、憂鬱な春だった。
14歳の子供の恋なんて、きっとすぐに醒めるだろうと思うのは浅はかだ。
彼女とは同じクラスだったし、毎日顔を合わせるんだ。
彼女は例の好きな奴とすぐに付きあい始めた。隣のクラスのバスケ部だった。
俺はまだ、引きずってる。
学校見学なんか行く気になれないけど、それでもやっぱりアメフトは別格だ。
関東春大会決勝戦。
神龍寺ナーガ対王城ホワイトナイツ。
校舎の見学なんかよりよっぽど重要だ。俺の受ける高校。推薦を狙ってる。
彼女がいなくなった今、何も気にせずアメフトに集中できる。
なんてのは強がりで、俺は時間ぎりぎりまでベッドの中でうずくまってた。
死ぬほどアメフトが好きだ。神龍寺になにがなんでも入りたい。
フラれてから俺は、何をするにも億劫になっていた。
世の中はこんなにもカップルだらけだなんて知らなかった。外へ出るたび憂鬱だった。
それでもやっぱり見ておきたかったんだ。れから3年間、俺が生活する神龍寺ナーガの力を。
これで王城に負けたら、王城を受験してやる。
16対3
俺は彼女にフラれ、神龍寺ナーガにもフラれるのか。
今年の王城は確かにちがう。
もしディフェンスだけで勝負したら神龍寺は多分かなわない。
神龍寺が弱くなったとは思えないが、王城は強くなった。
もう、帰ったほうがいいんじゃないのか。
なんだかんだ言っても、俺は神龍寺に入る気でいるし、それならばこれ以上負け試合を観てヘコむこともない。
風も出てきた。潮時だ、帰った方がいい。
・・・ん?選手交代だ。
残り時間は・・・5分。いまさら交代して何になる?
二人とも似たような背格好だな。
どうせあと5分だ。
監督が何を思っていまさら選手交代なんかしたのか、それだけ見届けていっても損はないか。
季節はあっという間に冬になった。 俺も一応受験生なんだ。平均並には忙しかった。
公立高校の推薦受験内容は、面接、成績、内申だ。
神龍寺に関してはあまり成績は重視されない。
面接はわりと上手くいったと思う。結構本番に強いタイプだから、とくに緊張もしなかった。
重要なのは内申だけど、内申に関しては自信がある。
俺は中学でもアメフト部に所属していて、春には全国に行った。もちろんレギュラーだ。
これはデカいだろう。
俺はついさっき神龍寺で面接を受けて、今帰り道だ。
今日は学校に行く必要はないし、神龍寺の合格はまず、大丈夫だと言っていい。
春には俺も、神龍寺ナーガのメンバーだ。
こんなに気が晴れたのは久しぶりだ。
彼女?もうケータイのアドレスからとっくに消してる。
クリスマス前の恋人たち?勝手にやってろ。興味ない。
俺はあの日、とんでもないものを、とんでもないひとを見たんだ。
あの試合、神龍寺は勝った。
あの五分間、あそこに座っていて本当にラッキーだった。
2人の選手交代の後、神龍寺は奇跡を起こした。あの監督、やっぱただ者じゃないな。
最初からあの2人を出しておけば、なんの問題もなかったのに、
よりによって試合終了5分前に出すとは。
まさか秋まで出したくなかったなんていうんじゃないだろうな。
そしてもちろん秋大会は圧勝だった。今度はあの二人も、最初から出場していた。
調べてみたんだけど、あの二人はまだ一年で、なんと双子の兄弟らしい。どうりで背格好が似てると思った。
12番のクォーターバックが金剛雲水。
そして2番。
あの2番。
俺は身体が動かなかった。
俺も色々試合を見てきたけれど、あんな選手見たことがない。
12番がたいしたことがないっていうんじゃない。
ただ、2番は強烈だった。
名を、金剛阿含。
あのひとがいるなら。俺の心は決まっていた。
さっき神龍寺は大して学力を評価しないとは言ったけど、
推薦をより確実にするために、俺はあれから死ぬほど勉強した。
アメフト三昧の俺が塾に行かせてくれって言った時の、あの母親の顔。
でも、その勉強も塾も今日で終わりだ。
一応私立のすべり止め受験なんかがあるけど、俺は受けるつもりもないし。
神龍寺に行けないなら、あの人のいるナーガに入れないなら、高校に行く意味なんかない。
そのつもりで本気でやってきたんだ。
そのナーガに。
あと少しで入れる。
あの人に。
あと少しで会える。
俺は少し興奮気味だったのかもしれない。よく前を見ていなかったんだ。
「いって」
角を曲がってきた人と、ぶつかってしまった。
ちょうど目のあたりに、相手の肩が強く当たって俺は顔をしかめながら、見上げた。
「ドコ見てンだよ」
声のトーンから言って、最も道でぶつかってはいけない人種にぶつかってしまったようだ。
「あっ」
その声の主を見て、俺は思わず声を出してしまった。
前回見た時と、髪形が違う。金髪ではなくなっている。初めて見た。ドレッドヘアーってやつだ。
でも見覚えのあるこのオレンジのレンズのサングラス。
この顔。いくら似てるといっても兄貴の方じゃない。
「こ、金剛阿含」
間違いない。
あれからスポーツ新聞も、雑誌も、俺は穴があくほど見たんだ。
「あ゛?」
す、すごい“ガン”だ。当たり前か。
俺は向こうを知っていても、金剛阿含が俺を知っているはずがない。
「ナニ?阿含、有名人なワケ?」
彼の側にいた男がそう言った。この男、まさか同い年とかじゃないよな。
俺はスキンヘッドってやつもこの時はじめて見た。あの黒い模様は、まさか、刺青か?
「す、すいません!あの、俺ナーガのファンで・・」
ぶつかった痛みなんか忘れた。俺の目の前に、あの金剛阿含がいる。
入部したら会えるけど、こんな偶然まるで奇跡だ。
「阿含さんの大ファンッス!!」
俺は興奮していた。完全なファン心理だ。
あの人が、ここにいて、俺と話している。
「イヨッ阿含さん!」
スキンヘッドがそうひやかした瞬間。
俺は道端のアスファルトに尻餅をついていた。なんだ?顔が、熱い。視界が回る。
俺は目の前の阿含さんの靴先から上へ登るように視線を走らせた。
サングラスの反射で、彼の目は良く見えない。
唇だけが最小限に動いた。
「ウゼェ」
俺は、彼に殴られたらしい。しかも「ウザイ」それだけの理由で。
スキンヘッドがひゅうと口笛を吹いた。
阿含さんは何事もなかったかのように、俺に背を向け歩き出した。
「御苦労、少年。鼻血でてんぞ」
スキンヘッドはそう言うと、阿含さんの後について去っていった。
あの2番に。
金剛阿含に。
俺は出会った途端、殴られた。
歩道に座り込んだまま、しばらく動けなかった。
殴られた右頬が、次第に痛みを増してきた。
「まあ、秋までにこの中の半分が持てば、良いほうだと思うが。
一応、自己紹介してもらう。名前だけでいい。どうせ誰も聞いとらんからな」
春、神龍寺ナーガは大勢の新入部員を迎えていた。
山伏は春の陽射しの中で、大勢の新入部員たちを前に言った。
「じゃあ端から・・・ん?なんだ?」
まだあどけなさの残る初々しい新入部員の最前列、
一人の小さな少年が、指先までぴんと伸ばして挙手しているのが目に付いた。
山伏が気付くと、彼は最前列から、
さらにまた一歩前に出て、大きく息を吸い込んだ。
「はい!一年四組、細川一休っす!」
まだ自己紹介を始めていいとは誰も言っていないが、彼は物怖じもせず言った。
「ポジションはコーナーバック志望っす!」
話を聞いていなかったのだろうか、希望ポジションまで言い出した。
山伏を始め、部員たちは彼のあまりの威勢よさと図々しさに、一瞬言葉を失った。
そして彼はこう続けた。
「俺、金剛阿含さんの、大ファンっす!!」