|
隣の芝は青い、という。
人の食っているものは美味そうに見える。
他人の恋人は美しく見える。
手に入らない物は魅力的で、手に入らないからこそ余計に欲しい。
そして俺の欲しいものはどうあっても、"彼"のものだ。
"彼"は決して、それを俺に譲ったりはしないだろう。
|
|
|
神龍寺は名前の通り、校舎が寺の構えをとっている。
寺にはふつう二階はなく、学校ともなれば自然、広大な敷地が必要になるが、
神龍寺にはその広大な敷地があり、校舎どころかグラウンドとは別に広い庭もある。
ただ、元祖神龍寺ができた頃"寮"という概念はなかった。
その頃は今で言う"生徒"にあたる坊主もいまほど多くは無かったし、
寝起きするにも校舎の敷地で充分だった。
そういうわけで意外かもしれないが、神龍寺の寮は意外に普通の建物で、
エレベーターだってついている。
7階建てがひとつと、5階建てのふたつ。あわせてみっつが校舎を遠巻きに囲むように建っている。
俺はその中のひとつ、7階建ての6階にある部屋で3年間を過ごした。
正確にいえば2年と8ヶ月だ。卒業までにはまだ4ヶ月はある。
高校三年の12月といえば、大学受験をするもの、就職活動をするもの、
ほとんどの生徒があわただしく忙しい。
12月の雨の中、俺はいつもより遅めに帰寮した。
学校で進路について教師とすこし話しこんだ為だ。
帰ってくる途中、遠くないどこかから雷鳴が聞こえていた。
暗い雷雲は寮をおしつぶすように広がっており、稲光はまもなくこちらへ向かってくるだろう。
玄関で傘をたたむと、雨水が浸水した靴を脱ぎ、濡れた靴下も脱ぐと、
スリッパは履かずに凍えたつまさきで廊下を踏んだ。
エレベーターの前まで来るとエレベーターの到着を待つ、私服の寮生がひとり立っていた。
「帰ったのか」
俺がそう言うと私服の寮生は振り返った。
なんだ、お前か。目が合った瞬間、そんな顔をした。
「カネとりに」
彼はつまらない物でも見たように俺を一瞥し、エレベーターに視線を戻してからそう言った。
彼は俺の弟でルームメイトだが、3年間で布団をならべて寝たことは一度だってない。
3年前の新品のシーツは、一度も汗を吸うことはなく、これからもきっとないだろう。
彼は寮にときどき物を置きにきたり、また物を取りにくるぐらいだ。
3年間の寮生活、事実上俺は一人部屋だった。
エレベーターの上のランプが点滅すると、ドアがひらいた。
待つのがきらいな俺は階段を利用する事も多いが、ちょうどよく開いた扉に弟のあとに乗り込んだ。
エレベーターは広くはなく、1メートル×1.5メートルくらいの長方形で、
定員は6名と書かれているが、男だけなら5名が限度だろう。
もっとも5階までは止らず通過するので、利用する人数も多くはない。
ドアが閉まると、エレベーターは揺れながら上昇しだした。
彼はダウンジャケットに両手を入れたまま、じっと階数を知らせるランプが上昇していくのを待っていた。
ジャケットの肩が雨に濡れて光っていた。
乗っているのは俺達兄弟ふたりだけだが、会話はなく、
聞こえるのはエレベーターを引き上げるワイヤのうなり声だけだった。
ただひたすらに、5階への到着を知らせるランプが点灯するのを、待つだけの時間。
体に馴染みすぎた重力を感じるだけの、時間。
あたりまえの沈黙と、あたりまえの重力。
その平凡な重力が急に弱まったのは、3階を通過したランプが点灯した直後だった。
ワイヤのうなり声も、重力も、突然力なく停止した。
それにつられるように照明が2度またたくと、そこは完全な闇と無音の空間となった。
雷、か。
俺は帰り道に聞いた雷鳴を思い出した。きっと近くに落ちて停電したのだろう。
ハア
いらついて叩きつけるような嘆息がきこえた。
停電の程度にもよるが、しばらくの間はこのままエレベーターに閉じこめられるだろう。
下手をしたら何時間も、という事だってありうる。
・・・・・・。
・・・・・・。
この現代で、本当の闇を経験する機会がどれだけあるだろう。
どんな夜道でも、どんなに田舎でも、電気が視界から消える事はそう無い。
月がなくとも、カーテンを閉めていても、光はどこかしらにはびこっている。
窓の無いエレベーターの中は俺が初めて出会った、
完全な闇だった。
平べったい黒い紙が、瞳に張り付いているような闇。
自分が瞼を上げているのか、閉めているのか区別がつかない。
自分が立っているのか、本当にあのエレベーターに乗っているのか。どっちを向いているのか。
「阿含」
恐怖に駆られて声を出したわけではない。ただ、ちょうどいい、と思ったからだ。
「あ?」
心底面倒くさそうな声が、目に張り付いた黒の向こう側で聞こえた。
「白河、蹴った」
その一言で充分通じる。
白河は俺と阿含の春からの進学先だった。アメフトの名門校。二人そろっての推薦入学の予定だった。
君たちが望むのなら留学も。大学側はそう言ってくれた。
けれども、俺は蹴った。つい先ほどの事だ。
「他を受ける」
他、といっても受ける所は決まっている。
学校名をわざわざ言う必要もないだろう。彼には関係も、興味もない話だ。
理由は、言えない。
ただ、俺が白河を蹴る。という事は俺達二人が初めて離れる。という事を意味する。
離れると言っても、いままでくっついていたわけではない。
なにしろ彼のシーツはいちども使われた事がないのだから。
このまま俺はあの部屋で、彼はどこかの誰かの部屋で、高校の三年間が終わる。
春には同じように次の何年間かが始まる。
俺がどこで春を始めようと、俺と彼は多分なにも変らない。
こうしてときどき顔を合わせることがなくなるくらいだ。
彼はむしろせいせいするだろう。俺もたぶん、せいせいする。
鼻で笑うだろうと予想していたが、意外にも彼は笑わなかった。
笑いもしないかわりに、肯定もしない。あえて言うなら、沈黙をした。
彼と俺は、これまでずっとこんな風に生きてきた。
生まれた時から常に隣り合わせ。
けれど決してお互いの方を見ようともせず、また見せようともしなかった。
彼は俺を嫌っているわけではない。それだけは言える。
なぜなら彼には俺など見えていないのだ。
すぐそばに居るはずの彼が、闇を隔てた俺の姿が見えないように。
そして俺も、彼の姿が見えない。
「阿含、聞いてるか」
コメントが欲しかったわけではないが、あまりに静かで、あまりに動く気配がないから、
本当に彼がそこにいるのか、もしかしたらそこにはいないんじゃないかとさえ思った。
返ってくる音はなにも無かった。
ああ、俺は最初からひとりだったのか。一瞬本気でそう思った。
目が闇に馴染むことはないが、この黒い布で目隠しをされたような状態に慣れ、自然にそう思った。
目隠しをされた俺の頬にふと、何かが触れた。
それは俺の頬を掴むような動きでかすり、次にぎこちなく確かめるように俺の首筋へ触れた。
なんだ?
その動きはあきらかに手探りで、やはりここが闇なのだと知った。
ただ、なぜ彼が手探りで俺を探しているのか。わからなかった。
そこに居るのは、本当に彼なのだろうか。
俺は目をできるだけひらき、闇のどこかをを凝視した。見えない。当たり前だ。
瞬間、息が止った。
俺は自分がエレベーターの中でどういう方向に向かって立っていたのか、
この闇の目隠しのせいですっかり見失っていたが、今、はっきりわかった。
ドアの方を向いて立っていたのだ。
俺の顔は冷たくすべる感触の鉄に押し付けられていた。
ゴオン、そんな音がしたかもしれない。
頬にすきま風があたるから、壁ではなくドアなのだろう。
後頭部が巨大な蜘蛛に鷲掴みにされて、押さえつけられている。
強く鼻を打った。
鼻からさらさらとした液体が流れ出る。
その液体はすぐにくちびるまで流れつき、鉄のにおいがした。
そんなものに気を取られている間、もう一匹の蜘蛛は闇のなかで俺の右腕を嗅ぎつけ、
そのまま後にねじり上げた。
そうなると後頭部の蜘蛛が離れても、右腕が固定されて左腕も動かなくなるのだ。
俺は完全に捕らえられた。
次の瞬間に起こることを、俺は何ひとつ考えなかった。捕らえられたが最後。
考えても逃げられない。何が起ころうとも逃げられない。
ここは闇の密室で、俺は彼の相手にもならない。
逃げられないが、感覚はある。感覚からも俺は逃げられないのだ。
俺の後頭部に居た蜘蛛は、力強さをそのままに、俺の前へ回り込み腹から胸を駆け上がった。
その五本の脚に俺のTシャツをひっかけて、鎖骨まで一気に到着した。
一度鎖骨を通ると、また腹まで戻り、胴着を左右に分けて俺のTシャツに裾から侵入した。
もし、俺の目が見えていたら、Tシャツの中を這い回る巨大な蜘蛛ではなく、
俺の背中から胸へ伸びた、彼の腕が見えているだろう。
彼の手は暖房が効いていない12月の気温に関わらず、かすかに汗ばんでいて、
渇いた俺の肌につっぱるように引っ掛かる。
俺の耳に、やっと音が聞こえた。
興奮した荒い彼の息。
綿のTシャツが擦れる音。
何が起きているのかわからない、などとは思わない。
何が起きているのかよくわかる。
彼の手が、腰骨を通過し、
彼の手が、俺の触れてはならない場所に触れた。
その感覚に俺の思考はいちど止り、
その感覚に俺は意識を集中させた。
役に立たない目は捨てるんだ。
俺は瞼を閉じ、皮膚の感覚だけを信じた。
弟の指が決して触れてはならない場所を撫でまわす。時には掴み上げる。
触れてはならない、俺の空想が、現実の俺の身体に起こっている。
俺の、空想。
汚れない彼のシーツの横でなんども俺を襲った禁忌の空想。
そのたび身体は熱くなり、その熱と俺は戦った。
俺に触れる阿含の指、熱く汗ばんでいて執拗に俺の皮膚を弄んだ。
耳元にかかる阿含の息。
俺の頬を撫でまわし、俺の身体を火照らせる湿った息。
空想の阿含の指は、俺の指だった。
空想の阿含の息は、俺の息だった。
押し付けられた阿含の腰の、熱さ。
俺の意識は空想を持ち込んだまま、現実に集中した。
あ、ごん
闇のどこからか聞こえたその声は、低くて、かすれて、甘かった。
その声に応えるように、阿含が俺の首筋に噛みついた。
本物の阿含の歯が、皮膚を破りそうなほど首に食い込み、
その皮膚の下に流れる血を舐めるように舌が這う。
お前が本当にその気なら、全部飲んでくれて構わない。そう思うと、俺の唇からまた声が漏れる。
腕はいつの間にか解放されていた。
俺は自分の伸びかけた爪で手のひらを切りそうなほど拳を握りしめ、
冷たいつるつるのドアにしがみつくように両手をついていた。
阿含の舌は俺の首筋を離そうとはせず、俺の腰を被うものはすでに太股まで離れていた。
冷たい外気に晒されているはずの下肢は、まったく気温を感じなかった。
むしろ自分の強烈な火照りが、まわりの気温を上げているとさえ思った。
やがて首筋から舌は離れ、背後で濡れた音が、闇の粒子に反響した。
なまぬるい、濡れた指先がそこに触れた時、意志とは裏腹に俺の身体はびくり、と恐れた。
っあ・・・
うっかり火にかけた薬缶に触れてしまい、あつい。反射的にそう言ってしまうように。
その声は俺の奥から飛び出した。
ぬるついた指が"準備"の為に這い回る。卑猥な音が俺の頭を大音量で叩く。
はだけた道着とTシャツをまくり上げられ、さらけだされた背中に阿含の舌がこすりつけられる。
俺の空想の熱さなんか、比じゃない。
本物の阿含の指と舌と息は強烈で、強大だった。
俺の膝は震え、額をドアにこすりつけて、ひたすら現実の感覚に追い回された。
阿含の指が、準備を終えた。
背後で金属のぶつかる音がきこえる。
こんな現実的な音は俺の空想にはなかった。
だめだ。
いや、嘘だ。
たぶん、待ってた。
でも。
衣擦れの音を聞く間、俺はどんな顔をしていただろう。
目を開けていただろうか。閉じていただろうか。どっちかわからない。黒しか見えない。
衣擦れがとまった。
阿含が俺を無理矢理にひらくまで、俺はいやらしいくらいに身じろぎせず、じっとしていた。
うゥ・・・
うなるような、声が聞こえた。耳に湿った息がかかる。
なおさら強く、汗でぬるつく拳を握り締める。身体が内側から圧迫されて俺は息すら出来なかった。
内蔵がすべて身体の端に押し込まれて、阿含が俺を占領した。
うんす、い
そう、聞こえたと思った。
確かにそう思ったが、思ったと思う間も無く、嵐。
目も開けていられないような嵐に襲われたように、
俺はただ呻き、ただひたすら息を吐いた。
理解できる事は、口の中は血の味がして、
その血がふたたび唇と顎をつたって流れ出るのを自分で止められない。
自分の立っている、ワイヤに吊り下げられた鉄の箱が、激しくきしむ。
できる事は体内を引っかき回す阿含を、体内できつく抱きしめることだけだった。
抱きしめると阿含は再び俺の後頭部を掴み、冷たく固いドアにぶつけるように押し付けた。
頭を鉄にぶつけられ、身体を中からかき回されて、揺さぶられながら、
俺はぐずぐずに崩れて、壊れる気がした。
壊れると思ったから、俺は再び阿含を締めつけた。
阿含は俺をドアに叩きつける事はせず、俺の背中に頭を押し付けた。
うんすい!
阿含はかすれた声で怒鳴ると、体重をかけて腰を叩きつけるように、俺をドアに打ち付けた。
何度も、何度も、何度も。
俺はもう阿含を抱きしめる力はなく、声もでず、目も見えず、俺は俺を放った。
俺が俺を放った時、阿含も阿含を放ったらしい。
鉄の箱はもう鳴かず、余韻のように闇が揺れた。
膝がくずれるのを止めることもせず、重力に任せそうになった身を、阿含が再び捕らえた。
俺を引き上げ終わる前に、唇に噛みついてきた。
阿含の渇いた唇に触れて、俺の口元は血と唾液でめちゃくちゃになっている事に気付いた。
阿含は構わず舌を絡め、くちびるを吸った。
あごん、俺は呼んだ。
お前、俺の淫らな空想を、知っていたのか。
昼間みかけた弟の、指や、唇に、夜な夜な狂う兄を知っていたのか。
でなければなぜ、俺を抱いたんだ。
知っていたからこそ、お前は俺にくれてやったんだろう。
俺がいちばん欲しくて、俺が絶対手に入れることの出来ない。
お前を。
あごん、俺は呼ぶかわりに彼を突き飛ばした。
俺は開かないドアに飛びついた。
開け、開け
わずかな隙間には指の先さえ入らない。もうすぐ。きっともうすぐだ。
もうすぐきっとこの闇がいっせいに、跡形もなく消えるだろう。
闇が消えたあと、ここに残るのはまっしろい光と、
弟への欲望を抑える自信がないがために、将来さえ変える決意をした、
醜い、俺の顔だけだ。
開け、開け、開いてくれ
開いてくれたら、俺は死んだって構わない。
ここに、ここにだけは。
お前の前にだけは、居たくない。
光が、怖い。
|
作品名 「KULO.」
妄想小説化 北川
妄想内容
→じつは両思いなんだけど互いに片思いだと考えているというか嫌われていると思いこんでいる双子。
自分の想いを否定的にとらえているので相手に そっけない態度をとってしまうため、ますます誤解が増していく。
本人たちも楽しくてやってるわけじゃなくて相手が他人と接触したりするのがどうしても我慢できないからしょうがなくやっている、みたいな。
そしてついに阿含が「こいつをおれのもんにしとくためには、こうするしかねーか」と自棄気味にコトに及んじゃう、という話。
そうなってもやっぱり実際に表面にでてくる言葉や態度はよくないので誤解は深まるばかりで、
雲水は、自分の想いを悟られて軽蔑されたからこういうことになったのだと思ってしまう始末。
そんな感じでひたすら泥沼化する痛々しい話。
|
余談
ギャグ書いた事ない、といいつつギャグを三連発書いた後の、痛い系エロ。
ギャグ以上に難易度の高いリクに若干テンパりつつも、書くのが楽しみだった妄想です。
で、あの、戴いた妄想は↑の通りなんですが、連載グセのついている私は、
妄想のまま書くと、軽く4話はいってしまう勢いでしたので、
ものすごい絞って、雲水視点のみで書かせていただきました。阿含の精神面は完全妄想領域で。
私にとってエロは非常に難しいので、エロくなれてるのか、全然エロくないのか、非常に不安なところですが、
自分的には前代未聞のエロ全開で書かせていただきました。フルパワーエロモード。(エロエロ言い過ぎた
エロくなってましたでしょうか?妄想をくださったAさん・・・。(一応伏せてみました。笑
苦しゅうない、充分エロかった!と思っていただけましたら、どうぞお納め下さい。
ステキ妄想ありがとうございましたっ!
|