瞑想符。






何がきっかけで、何が理由だったかなんて覚えていない。
ただこれが、自分のこの抱いた感情が尋常のものではないというのは分っている。
世間一般的に見れば非難されるであろうことを抱いた自分を笑えば良い。
笑ってそれだけで、抱いたもの全てを失くせることが出来ると言うのなら、
今まで辛いこと無しに生きてこれた。

世の中悲しいことだらけだ。
辛いこと無しに生きていくことが出来ないことがどれほど卑屈なものか。

辛いこの原因を失くそうと思えばそれだって出来たかもしれない。
そのまま失ったままでずっとずっと何処か奥底へ埋めてしまえばきっと楽になれた。
今以上の苦しみも、きっと味わうことはなかった。

続けいくことの辛さと、現実を見せられることの辛さと。
失うことの辛さ。
どちらも苦しくて居た堪れないこの原因。
自分がどんどん不器用になっていく気がした。



笑っていることが時々とてつもなく辛くなる。



「何立ち止まってんだ、糞チビ」

頭の後ろを叩かれ思わず息が詰まった。
それと同時に今まで頭の中を回っていた台詞が忘却の彼方へ飛び去っていく。
振動で前につんのめりそうになるのをなんとか耐えると、肩越しに叩いた本人を見上げた。

「あ、すみません…」

見上げた先に立っていたのはヒル魔だった。
いつものように本当なら銃刀法違反で捕まっているだろうアサルトライフルを抱えセナを見下ろしていた。
学校を背景にして立つその顔には不機嫌の色が浮かんでいる。
物思いに耽っていた今はあんまり会いたくない人物に会ってしまったとセナは俯いた。
学校の校門でのちょっとした出来事。
それでも相手が相手なだけに動揺を隠せるはずも無い。

「道塞いでんじゃねえよ」
「え…?あ、ごめんなさい!」

慌ててひょいと脇にどくセナを見つめながらヒル魔は溜息を吐いた。
日本人は元から他人と目を合わせることが苦手だと言うがその代表がここにいる、と思える。
自覚しているのかいないのか、セナは声をかけてから殆どこちらと目を合わせようとしていない。
視線を下にしているかでその様子はまるで怯えている小動物のようで。

「………ケッ」

セナの心境も知らずに面白くないとヒル魔は舌打ちした。
その音もセナの耳にはもちろん届いている。
空気が重い。
まるで上から圧力か何かでもかけられているような気がするとセナは感じた。
言われて道をあけたのに通らないヒル魔を見上げることも、此処から何処かへ逃げることも出来ず、
ただただ居た堪れない気持ちと闘っていることしか出来なかった。
ヒル魔の表情こそは見えないが不機嫌なことには変わりないだろうと予測がつく。
はたから見れば高校生二人が校門で意味ありげな顔をして立っていると見えたことだろう。

「お前、そんなに俺が怖いか?」

重い空気を破っての頭上からの声にセナは顔を上げた。

「………え?」
「人を見るなり顔曇らせて、怯えてんだよ、てめえの周り全体が」

上げた顔に人差し指を突きつけられた。
それ越しに見えるヒル魔の顔は冷たいほど無表情だった。
生まれ持ってきた支配権を今突きつけられているような錯覚だ。
強者が弱者に向かって命令する時の緊迫感、例えて言うならそれに一番近いだろう。
セナはヒル魔から目を逸らすことも、発言することの権利さえも与えられていない。
たったの指一本だけでここまで格の差が見えるものなのだろうか。

「そんなに怖いかよ?」

いつもの意地の悪い笑顔じゃない、もっと深くて恐ろしい笑顔でヒル魔は笑った。
セナの体中に寒気が走った。
逃げようと思えばあの俊足の足で何処まででも逃げられるはずだった。
この空気を振り切って安全で心休まるところへ何時でも行けるはずだ。
それなのに足が動かないのは、恐怖からだけじゃない。

「怖くは……ないです」

気付けば無意識の内に言葉が紡ぎ出されていた。
その言葉にヒル魔は方眉を軽く上げる。

「ヒル魔さんは…怖くなんかないです……」
「……」

ヒル魔が手を下ろすのと、セナが俯くのとではほぼ同時だった。
怖くはない。それでも俯いて目を合わせられないのはただ自分が弱いだけ。
尋常でない気持ちを抱いた自分は相手を、相手の目を見ることが出来なくなった。
気まずくなることが怖くてそれから逃げている。
目の前から逃げ出したくても頭の何処かで逃げたくない、ここに居たいと願ってる。
矛盾した二つの思考のせいでどちらも実行できなくなった。
それは自分が弱いからで、

「ヒル魔さんの所為じゃないです…」

今でも見ることが出来ない。
もう止めたかった。自分の所為で相手に勘違いされるようなことなら消し去りたかった。
抱いたもの全てを失くして始まりに戻りたい。
だけどそれは簡単に言ってしまえば嫌いになるということで。
相手を意識の外に出してしまうと言うことに繋がる。
それが悲しすぎて辛くて出来ない。だから自分は弱いままなんだと自負し続ける道に居る。
どんなに重いことだろうとも消し去りたくは無かった。

「……だから、」

ポン。と軽い音がしたと同時に自分の頭に重みを感じた。
出かけていた言葉は喉の奥に消し、セナは再び顔を上げた。

「上出来だ」

顔を上げて見たものは冷たい無表情な顔ではない普段と同じの薄く笑ったヒル魔だった。
頭に置かれているものがヒル魔の手だと気付く頃には手は下ろされ、ヒル魔は横を通り過ぎていた。
慌てて行った方を目で追えばいつの間にか重たい空気は消え、辺りは夕焼け色に染まっている。
その光を反射し金髪はより一層輝いて見えた。

「…」

セナは唖然としていたがふと自我を取り戻し、意味も無く首を左右に振った。
髪の毛が音を立てて振れる。
動かなかった足は自由に動いた。
それよりも今はこの足の裏から頭の先まで這い上がってくる言いようの無い気持ちをどうにかしたかった。
狂喜と哀しみに満ちた衝動。
セナはゆっくりと微笑むと校門を抜けていった。
もうかの金髪の人は視界には居なかった。



諦めかけていた感情が実を結ぶかもしれないなんて過剰には考えたくない。
それでも、どこか、期待してしまっているのは何故なんだろうか。
裏切られたときの痛みは相当なもののはずなのにそれさえもどうでも良いとおもえる。
この危険極まりない自信。


たとえ一時でも良い。
夢を見させてください。





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END


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架流一季様より頂きました。
ありがとうございますッ!!
マジ感動です。
なんでしょうね、この雰囲気!切ない、切なすぎる!!
もう、本当にありがとうございますッ!(2度目)
架流一季サマのサイト→パキラ