大人たちは"猿山"と呼び
子供たちは"キングダム"と呼んだ
場所でもなく、団体名でもない
少年を取り囲む"現象"の名前
ALBERT_8
猿山キングダム
14歳のクリスマスイヴなんて、
せいぜい友達の家でお泊まりパーティがいいとこだと、思うだろう?
俺もそう思う。
けれど俺の14歳のクリスマスイヴの居場所は、渋谷のクラブだった。
友達の家でパーティだと言って家を出て、初めてオールナイトでクラブに行った。
今考えてもませてたと思う。
でもそのクラブにはそんな"ませた"子供だらけだった。
俺なんか別に、特別でもなんでもなかった。
特別だったのは多分、ひとりだけだったんだ。
「カップルばっか」
もちろんこんなセリフが出るくらいだから、14歳の俺には彼女がいない。
彼女もいないのにイルミネーションでビカビカの井の頭通り。
前を歩いてる女の子は一人だけど、この気合いの入りよう、肘にブラさげた紙袋。
いかにもプレゼント。男にやるに決まってる。
「まあ、着けばいくらでもいっから」
俺の隣には1つ年上の幼なじみ。もちろん男。
まあ、今は惨めな男2人組だけど、
奴いわく"女の子がワンサと居る"所へ行く途中。
正直渋谷なんて年に2,3回くればいい方。
いくら格好つけてもまだ中学生だし、渋谷に来てもあんまりやる事ないってのが正直なところ。
だからこれから行くところは噂でしか知らないし、俺一人だったら絶対行けない場所だった。
そう、さっき言ってたクラブのこと。
ああ、間違えても"ブ"を強調して言わないように。それじゃ部活だから。
しかも渋谷で当時いちばんホットなクラブだ。
ヤス、ああ、この隣の幼なじみがそこに通ってるんでなければ、
怖くて一人でなんて絶対に行けない。
黙っておとなしくしてれば怖い事なんかないってヤスは言うけど、
憧れ半分、怖さ半分。
しかし、渋谷は人が多い。
クリスマスイヴって事もあるだろうけれど。
歩道は人が多すぎて全然進まないから、俺とヤスは車道を歩いてる。
車が来るって言っても、俺等みたいのが沢山いるもんだからソロソロとしか走れない。
しっかし前の女の子、歩くかメール打つかどっちかにしろよな。
そんなにノロノロ歩かれちゃ、歩道を歩いたって変らないじゃないか。
オマケにヒールに慣れていなさそうなおぼつかない足取り。そのうちコケるぞ。
生まれたての子鹿みたいに歩く、黒いブーツの足首を見ながら歩いていたら、
後の方から悲鳴みたいな声が小さく聞こえた。
「ン?」
隣のヤスが何気なく後を振り返った瞬間、
デカイ真っ赤なかたまりが猛スピードで俺の肩を攫った。
ヴォン!
音は一瞬だったように思う、衝撃も、前の女の子の悲鳴も一瞬だった。
俺の肩はそのエンジン音と共に後から前へ押され、身体が半回転した。
ついで女の子の小さな声が聞こえたと思ったら、彼女はアスファルトに転がっていた。
豹柄のパンツが丸見えだったけど、ちっともセクシーでも何でもなかった。
俺と女の子に接触した黒いバイクは2人乗りで、
2人ともハンズで売ってるようなサンタクロースの赤い服を着ていた。
止る様子も徐行する様子もなく、物凄い速さで井の頭通りを駆け抜けて行く。
人を轢くのが怖くないみたいだ。
「大丈夫?」
ヤスが女の子に駆け寄り、肩を抱いて起こす。
さすが、その振る舞い。
渋谷のクラブに通ってる中学生なだけある。
フツー中学生の俺にはとてもできない。
「あ、アッ!」
女の子は高校生くらいで、だいぶ動転しているようだった。
ヤスにわき目も振らずきょろきょろと辺りを見回す。
何か探しているようだ。
前方に吹っ飛ばされていた携帯電話を、他の通行人が拾って彼女に渡した。
けれど彼女の探している物は携帯電話ではなかったんだ。彼女は涙声で叫んだ。
「バ、バッグ!プレゼントもない!」
なんてこった。
あのサンタクロース、ひったくりだったんだ。
とはいえ、今日は楽しいクリスマス。
まあ、行きがけにちょっと嫌なものに遭遇したけど、
俺らには所詮関係ないし、彼女には慰めてくれる彼氏がいる。
それよりも初めてのオールナイトでクラブデビューだ。
さっきも言ったけどそのクラブは、当時超がつくほどの話題のクラブだった。
クラブに明るくない俺でさえ知っていたんだから。
そのクラブの名前は「エージア」
ただ、その名前で呼ばれている所を見た事が無い。
後々、俺はこのクラブに頻繁に出入りすることになるんだけど、
最近になって本当は「エージア」って名前だったと知ったくらいだ。
客層は中、高生を中心とした10代が主。
俺達はそのクラブを「キングダム」って呼んでる。「王国」って意味だ。
王国っていうからにはもちろん王様がいる。
"噂"を聞く限りでは、信じられないくらい強くて、狂暴で、残酷。
なんかマンガみたいなキャッチフレーズだけど、今でも言える。これはマジなんだ。
クラブじゅうの女の子を彼女にして、クラブじゅうの男を部下にしてるらしい。
大人達のつけた「猿山」っていう呼び名もあながち間違いじゃない。
ボス猿を中心とした、大きなファミリーってわけだ。
暴力沙汰も多く、ドラッグ、セックスやり放題、欲望に忠実な所がまるでサル。
そういう意味もあるらしい。
そんなボス猿の噂を聞いた時、俺の脳裏に浮かんだイメージは、
大きなオープンの外車の助手席に、毛皮に包まれた美女をたくさん乗せて、
金のゴツイネックレスや指輪をした黒人のヒップホップグループだった。
まあ、黒人はないだろ、ってすぐ自分にツッこんだけど、
タダの中学生にとってその"ボス猿"は、それくらい遠い存在だったんだ。
「まあ、いつもいるとは限らねえけど」
クリスマスだしな、ヤスはそう言ってボコボコにへこんだ、
「キングダム」の鉄の扉を開けた。
そうは言ってもやっぱり怖い。イメージの中のデッカイ黒人が、
俺に向かって牙を剥く恐ろしいイメージが脳裏をかすめる。
突然ドアから溢れた爆音に驚いて、俺は思わず一歩下がってしまった。
なんてデカイ音だ、こんな中に居て耳は大丈夫なんだろうか、なんて思ったよ。
キングダムはもともとは倉庫だった建物をそのまま使用しているらしく、
フロアは一階のみだけれど、建物の高さとしては2階建て。つまり吹き抜けになってる。
入り口を開けるとそこは非常階段の上だった。
キングダムの入り口は元非常階段で、そこからフロアへ降りる構造になっている。
階段には雛壇みたいに女の子が座ってる。
「お、クリスマスだな!」
ヤスは女の子を避けながらガンガンという音を立てて、
非常階段を駆け降りて行った。
階段から見下ろしたフロアには、なるほどサンタクロースのコスプレ衣装がだいぶ居る。
皆10代には間違いないだろうが、学校じゃ見たこともないようなハデな化粧や髪形ばっかりだ。
全体が見下ろせる階段を下りながら、自然と目は「ボス猿」こと、
この王国の王様を探してしまう。
けれど彼の顔を知っていたわけではないから、
とりあえずイメージの黒人ヒップホッパーが見当が見当たらない事に、ほっとした記憶がある。
「見ろよ、女の子いっぱいだぜ」
非常階段の下でヤスがドリンクのカップを2つ持って待っていた。
「ぜんぶ人のなんだろ」
俺がそう言うと、正確に言うと"俺達"のだ、とヤスは笑った。
ヤスは半年くらい前からこの「キングダム」という猿山ファミリーの一員だった。
といっても相当下っ端だったのだけれど。
「キングダム」や「猿山」はこのクラブの事を指すだけでなく、
猿山の王様の周りに集まる子供達の事も指す。昔でいえば「チーマー」みたいな物だろう。
やってる事も「チーマー」とたいして変らない。
他のチームとモメて喧嘩して、勝ったり負けたり。クラブ単位でチームが違う事が殆どだ。
ただ、キングダムが超有名になった理由としては絶対に「負けなかった」からだ。
俺のデビューの一年くらい前に、例のボス猿、もとい王様がデビューしてから一度も負けていない。
もはやキングダムの王様は都市伝説に近かった。
階段の下で、ビール(ちっとも美味くない)を舐めていると、爆音がピタリと止んだ。
何だ?そう思っていたら階段上の入り口のドアが勢いよく開き、
数人のサンタクロースの少年がなだれ混んできた。
「メリークリスマース!!」
計6人のサンタクロースはせーの、で声を揃えてそう言うと、
フロアの少年少女が、わあっと沸いた。
何が起きたのかわからず俺は辺りを見回したよ。
俺の前で男とイチャついてた女の子は両腕をそのサンタ達に向かって伸ばしてた。
何か物を受け取るように。
サンタクロース達は背負っていた半透明のゴミ袋を降ろすと、
ゴソゴソと手を突っ込み両手一杯に取りだした物を、
次から次へとフロアへ向かって撒くように投げ始めた。
あ、これ小さい頃見た事ある「たてまえ」みたいだ、なんて俺は呑気に思った。
骨組みしかできてない家の屋根から、大工が餅や小銭を投げるんだ。
ただ、サンタが撒いているのは餅や小銭ではなく、豪華なクリスマスプレゼントだった。
あの6つの東京都指定のゴミ袋には、中学生の俺でも知っているようなブランドバッグや、
アクセサリー、腕時計なんかがぎっちりつまっているらしい。
一体どこからそんな物を。
俺はプレゼントに群がるどころか驚きで立ち尽くした。
だってそうじゃないか、ここに居るのは金のない中学生や家出少年ばかりなんだ。
一通り投げ終えたサンタクロース達は、一つのちいさな紙袋を手に全員がこっちを見た。
あの紙袋、どこかで。
しかもサンタ達はなぜ俺を見てるんだ?
サンタばかりでなくフロアじゅうの少年少女が俺を見てる・・・いや違う。
俺の前にいる、この金髪の少年を見ているんだ。
目の前で2人の女の子とずっといちゃついてるから、気になってたんだ。
後姿で顔は見えないけど背は俺より低いし、身体なんか隣の女の子より細い。
こういう男がもてるんだろうか。
「あごん!あったぜ!」
サンタの少年達は嬉しそうに紙袋を指さした。
あごんてなんだろう?この少年の名前だろうか。
ただ、わかった事が一つあったんだ。あの紙袋。
ひったくりにあった女の子の肘にブラ下がってた袋と同じだ。
まさか。
「なかったら殺すし」
金髪の少年の背中が、気だるそうにそう言うと、
フロアの少年少女がどっと笑った。
多分あの日あのフロアで、笑わなかったのは新参者の俺だけだったと思う。
サンタクロースの一人は紙袋からちいさな箱を取りだし、その箱の中身を少年にむかって見せた。
鈍くてごつい、銀色のブレスレット。
袋からいってクロームハーツ、たぶん本物だ。
彼氏へのクリスマスプレゼントにパチもんを買う女がどこにいる?
金髪の少年は右手に火のついた煙草を挟んだまま、サンタにむかって手を上げた。
投げろ、と言っているようだ。
サンタの一人は非常階段の上から、
少年に向かって弧を描くようにブレスレッドを投げた。
が、ずいぶんとノーコンだ。あんなに大きな弧を描いて投げたら、
あの高額商品は少年の指先に引っ掛かりもしないだろう。
フロアじゅうがワーッという、悲鳴に近い音で一斉にさざめいた。
彼らのその声と、表情を見て、俺は直感に近い形で悟った。
商品の価値に関わらず、この金髪の少年の手にする物が、
床に叩きつけられるような事があってはならないのだ、と。
そう思ったら身体が動いてた。何も難しい事ではない、
むしろ投げられた物を追って行って、受け取るというその行為は、
俺にとって日常的すぎる動作だったと言っていい。
俺は本能に近い動作で、ブレスレットの着地地点にすんなりと入っていた。
パシ
何と言う事もない。
奪いあう相手がいるわけでもなく、俺はブレスレッドが降ってくるのを待っているだけの状態だった。
ただ、そんな俺の温度とは裏腹に、フロアは沸いた。
それは拍手だったり、口笛だったり、称賛だった。
それがなんだか恐ろしいような気がして、
俺は金髪の少年を見た。
手の中のごついデザインのブレスレッドは重みがあって、
彼の細い手首には似合わない気がした。
金髪の少年はゆっくりと振り返る。
後ろ姿の印象とさしてかわらない、きゃしゃな印象の少年だった。
彼は俺のつま先から髪の先まで、すこし驚いたような顔で観察すると右手を差し出した。
「サーンキュ」
まだ声変りしていなかった。歳は俺と同じくらいなんだろう。
なのに何故か俺の背中から、どっと汗が噴き出す。
フロアじゅうの唾を飲む音が聞こえてきそうだった。
まさか、こいつが?
俺は少年の側まで歩いて戻ると、
その白くて薄い手のひらにクロームハーツをのせた。
「だれ、おまえ」
少年はブレスレッドを握りしめると、面白い物を見るような目で俺を見た。
新参の俺が名乗っても仕方ない、そう思っても俺は名乗るしかできなかった。
喉が異様に乾いてる。
ちゃんと声が出るか心配だ。
「細川、一休っス」
たぶん声は裏返ってた。