(タカハシ)と呼ばれる仲間から、連絡を受けたのは5人の若者だった。 5人は駅前の写真屋の角で(タカハシ)から(カネ)を託された少年を待っていた。 その少年はもうすぐここを通る。 少年は(タカハシ)の知り合いなのか? そうでなければどうやって赤の他人に大事な(カネ)を託す事ができたのか? それは彼らのあずかり知らぬ事だったが、少年が何者であろうと5人がかりで捕まえて、 カネを奪えばいいのだ。 商店街の切れ目にあたる写真屋はちょうど十字路にあり、 4本のうち一本は駅の改札へと続いている。 残りの3方向を5人で手分けして見張れば良かった。手がかりは、 ・紺のパーカ ・黄色いウエストバッグ ・チビ それだけであったが、日曜の朝とあって幸い人通りは少ない。 簡単に見つける事ができるだろう。 見つけてしまいさえすれば、相手は(チビ)一人だ。負けるはずはない。 「ん。あれじゃね?」 5人のうちの駅に向かって右側を見張っていたひとりが言った。 「あー。ぽいな」 「バッグは見えねーけど、走ってっしな」 「いくか」 こちらに走ってくる小柄な少年を認め、吸っていた煙草を路上に捨て、 割と気楽な雰囲気で動き出そうとした時。 「やべ!おい!左!!」 ひとりが 駅に向かって、左の道路を指さし、切羽詰まった声で叫んだ。 5人の若者達はセナが助けた(タカハシ)と同じように、 少し擦れた感じはあるものの、どこにでもいるような(よくいる若者)達だが、 彼らの左方向に姿を現したのは、 (タカハシ)を追ってきた人間と同じ(若者)というよりは、 (若い衆)といった風体である。 「まだいたのかよ!」 (タカハシ)から連絡を受けた5人のうちの一人、 ボサボサの金髪頭の(ケンジ)と呼ばれる少年が、そう言った瞬間。 「あ!」 今度は違うひとりが叫んだ。 「アイツ、どこ行った!?いねえ!」 (アイツ)とは彼らの右方向から、こちらへ向かって走って来ていたはずの小柄な少年のことだ。 つい一瞬前まで、商店街を彼らのいる十字路の中心に向かって来ていたはずの少年は、 目を離した一瞬のうちに、いるべき場所から姿を消していた。 「まかれたのか!?」 「こっちには気付いてねぇよ!」 「つーか(あっち)はどうすんだよ!」 5人の若者達は(タカハシ)と同じようにチンピラまがいの者に追われていた。 しかもチンピラの数は(タカハシ)を追っていた人数の比ではない。 追われている理由としてはやはり(カネ)だろう。 その(カネ)を持っている少年を追わなければいけないのだが、少年は突如姿をくらました。 ただちにチンピラから逃げるべきか? それよりも消えた少年を探すべきか? 若者達は軽いパニックに陥った。 「いた!!」 そう言った若者のうちの一人の目線の先には、 駅の改札を通り抜ける、小柄な少年の後ろ姿があった。 改札へ行くには若者達の居る写真屋の角を曲がるしかない。 車道はなく、幅10メートルかそこらの商店街だ。まわり道や近道は存在しない。 少年から目を離したのはほんの一瞬だったはずなのに、どうやってあそこまで移動したのか? 少年はすでに定期券らしきもので改札を通り抜けていた。 紺色のパーカー、背中に斜めにかけた黄色いウエストバッグ。 それと。 「カネだ!!」 「追え!!」 既に左からの追手も迫っている。駅に抜けるのは好都合だ。 若者たちは走り出した。 「2番線、各駅停車清住白川行き、まもなく発車いたします」 そのアナウンスが聞こえた時、セナは2番線への階段をかけ降りているところだった。 さきほどのやくざのような人間に追われている気配もないし、ここまで来るのに何も問題はなかった。 無理にこの電車に乗らなくとも、10分くらいで次の電車が来るだろう。 待ち合わせにもまだまだ時間はある。次の電車にしようか、そう思った瞬間。 「おい!待てチビ!!」 チビ? 条件反射とででも言うべきか、セナは声のするほうに振り返った。 階段の上には体格の良い、ボサボサの金髪頭の若者が姿を現した。 セナは彼の事を知らなかった。 中学の同級生でもないし、泥門の生徒にも見かけない顔だった。 それに、彼はセナよりも少し年上のように見えた。 しかし気のせいだろうか。彼ははっきりと自分を見ている。 「モタついてんなよケンジ!」 バタバタと複数の足音が聞こえたかと思うと、金髪少年の後から3人ばかりの若者が現れた。 「捕まえろ!」 「逃げんなよテメェ!」 後から現れた3人にも、セナは見覚えがなかった。 けれどやはりおかしい。 合計4人の若者の視線はあきらかにセナひとりに集まっているし、 そのうえ若者達は(逃げんなよ)とまで言い、ものすごい形相で階段を駆け降りて来る。 例えセナでなくとも、この状況で逃げない人間はいないだろう。 追われたら、逃げる。 これは人間の本能であるし、セナの十八番だ。 セナは4人に背を向け、階段を駆け降りた。 やはり、この電車に乗るしかない。 状況はまったく掴めないが、あの4人に捕まったらおそらくロクな事はないだろう。 「あっ!待てバカ!!」 何故だろう?やはり彼らは自分を追っているらしい。 けれど幸い電車は発車寸前だ。 自分の足ならなんとかドアが閉まる前に乗車することができるだろう。 乗ってしまえば、こっちのものだ。 セナはもつれそうになる脚を叱咤し、階段を駆け降りた。 プルルルルルルル・・・・ 「ドアが閉まります。駆け込み乗車はご遠慮ください」 プシュー 電車の自動ドアがゆっくりと閉る時、セナの姿はすでに車両の中にいた。 若者達はまだドアの向こうに居た。 早く、早く発車して! 電車が動きだすのをこんなにもどかしく感じたのは初めてだった。 ドアが閉まりきる直前。 ガン! セナは自動ドアのすき間に、挟まれるように入り込んでいる指を認めた。 ガラス越しの金髪の若者は、真っ赤な顔でドアをこじあけようとしている。 まずい あの若者はおそらくこの車両に乗り込んでくるだろう。セナは反射的に走り出した。 隣の車両へ移ると、電車はゆっくりと動き出した。 駅のホームには2人の若者が乗りそびれて、 肩を弾ませながら動き出した電車を追うように見ていた。 確か若者は全部で4人いたはずだ。外には2人しかいない。 振り返ると金髪の若者ともう一人、ニットキャップの若者が電車に乗り込んでおり、 車両をこちらへ向かって移動して来るのが見えた。 すでに電車は駅のホームをすべり出し、加速しはじめている。 できるだけ離れなければ。 セナは若者たちに背を向け、車両の中を走り始めた。 「待てっつってんだろうが!!」 車両間のドアごしに若者の怒鳴り声がくぐもって聞こえた。 セナは次の車両の継ぎ目に着くと勢い良くドアを開け、 揺れる車内を車両から車両へ、次々に駆け抜けた。 振り返り振り返り、猛ダッシュで車内を駆け抜けるセナを、 乗客達は不思議そうに、あるいは迷惑そうな眼差しで見はしたが、 幸い日曜の朝。 車内はそれほど混んではおらず、立っている乗客がちらほらいる程度だ。 これならば、走って追いつかれる事はない。 セナの思った通り、若者達は脚でセナに敵うはずがなかった。 セナがもう一度振り返った時、彼ら2人の姿は3つほど後の車両にちいさく見えた。 このままいけばもっと引き離す事ができるだろう。 ・・・・このまま行けば? セナと若者2人が乗り込んだ、スタートラインである車両は幸い最後尾だった。 けれど。 一体この電車は何両まであるんだろう? 恐ろしい予感がセナの脳裏を掠めた。 ここでこれだけ引き離したとしても、先頭の車両まで到着してしまったら? この細長い、動く密室といえる(電車)には、ゴールラインが決まっているのだ。 セナがゴールしてしまったら、あとはあの2人を待つばかりだ。 この電車が満員電車であったなら、ひとごみに埋もれてやりすごすことも出来たかも知れない。 けれど今、車両はスカスカで、隠れる所は見当たらない。 「逃げんなっつってんだろ!!!」 ハッとして振り返ると、2人は現在セナのいる車両の扉を開けた所だった。 セナは二人の顔を確認した瞬間、アニメか映画か判然とはしないが、あるイメージが浮かんだ。 主人公は電車のガラスを突き破って外へ飛び出し、 飛び出した外の草むらを転がって主人公は怪我もなく脱出し、悪者は電車と一緒に行ってしまう。 というシーンが浮かんだが、そのシーンはすぐに消えた。 「だって地下鉄だもん!」 地下鉄でなくとも、外が柔らかい草むらとは限らない。 田舎ならともかく、ここは東京なのだ。 ゴールに着いてしまう事を考えている場合ではない、今は走るしかないのだ。 セナのスニーカーの靴裏が、ギュッと音を立てたかと思うとセナはまた駆け出した。 地上には日曜日の平和な朝があり、 その地下にはコンクリートの管がはしり、 薄暗いその管を、重い鉄のかたまりが轟音を立てて走っている。 その電車の中を疾走するセナの目に、あるものが映った。 この列車のゴールライン。 車掌室だ。 GO!>>>>Vol.3“goal tape”