12.熱






あの花火大会から一週間経過した月曜日。
別に焦らしてたわけじゃない。
わけじゃないが、この一週間奴とは同じ部の先輩と後輩以外の何ものでもなかった。
まあ、賭けに勝った余裕もある。
あの夜、思いがけず他の連中の姿を発見して「賭け」をひらめいた。
呼ぶか、呼ばないか。
別に呼ばれても手を放す気は無かったが。

まだ秋は遠いはずだが、今日は冷える。
練習には持ってこいだし、今日は姉崎に言っておいたメニューが出来てるはずだ。
教室から昇降口へ向かう途中の廊下で俺はふと足を止め、2歩下がった。
コピー室。奴だ。メニュー表のコピーってところか。
黙って見ていると、コピー機に原稿をセットしフタを閉め、スタートボタンを押した。
やがて機械音が鳴りだし、紙を吐き出しはじめた。

・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・。

長い。
吐き出されたプリントアウトはそうだな、1クラス分くらいはあるだろう。
コピー機は止る気配もなく、奴は微動だにしない。

「おい」

返事はなく、規則的な機械音だけが響く。
・・・・無視か?

「生きてんのか糞チビ!」
「・・?」
やっと寝起きみてぇなぼんやりしたツラでこっちを振り返った。
「・・・?じゃねぇ、停止ボタンを押せ」
「え・・・?あ、ああ!?」
プリントアウトされた2クラスぶんくらいのメニュー表に相当驚いたらしく、奴は停止ボタンが見つけられない。
色々ボタンを押しまくった末、やっと機械音が止んだ。

バタン

俺は後ろ手でコピー室のドアを閉めた。
音に反応し奴の後ろ姿が跳ねた。ちっと音がデカかったかな。関係ねぇか。
俺が閉めたのは普段は開けっ放しのコピー室のドアだ。それなのに。

・・・振り返らねえな。
奴はコピー機の停止ボタンに指をかけたまま、大量のプリントアウトを見つめている。
俺は上履きのゴムとリノニウムの床が擦れ合う音を、ゆっくり響かせながら奴に近づいた。
3歩、4歩。
歩みを止めたのと同時に、ポケットに手を突っ込んだまま奴の目線まで腰をかがめた。
鼻先が触れるほど近く。
びくりと身体を震わせはしたが、奴は逃げない。だが目も合わせない。
ただ顔に(困ってます)と書いてあった。
・・・・・・・・。
奴は息を詰めっぱなしで、吐息も、鼻息も感じない。
ただ、今日は気温が低いせいか、空気中に奴の身体から流れ出た体温をなんとなく感じる。

俺はずっとコイツに言いたかった言葉がある。
頬の輪郭すれすれに顔をずらし、奴の小せぇ耳に唇を寄せた。
俺の息が奴の耳に触れたことが、少し肩をすくめた事でわかる。
「・・・・・・」
こいつの心臓の音が聞こえてきそうだ。
それでもたっぷり、間をとって。


「・・・お前カオ、赤いぜ?」


奴はゴクリ、と喉を鳴らしそっぽを向いた。髪が俺の鼻先をくすぐった。
俺はかがめていた上体を起こし、いつもの高さから奴のを眺めた。
顔、というか耳まで真っ赤だ。唇をひき結び、相変わらずあさっての方向を必死に睨みつけている。
俺はその表情に満足し、薄笑みが零れた。
「じゃ、部活いくか」
あえて気軽に言い、奴に背を向ける素振りをした。
するとシャツの裾に違和感を感じ、振り向くと俺のシャツが捕まれている。

「んだよ」
わざとぶっきらぼうに。怪訝に。肩眉を上げて。
奴は俺のシャツに皴を作った自分の手を見つめていた。その顔には、
(とっさに掴んでしまったが、どうしたらいいかわからない。困ってます。)
と書いてあった。
ったく、しょうがねぇな。
俺はポケットから片手を出し奴の手首を掴み、シャツから引き剥がした。
その一瞬、肌から伝わる不安。
あの花火大会の夜したように、その手首を思いきり引っ張った。
今日はあの夜のような障害物が無いから、思いきり引けば奴の軽い身体は、俺の身体にぶつかる。
今日はあの夜と違って気温が低いから、シャツを隔てた腹と手首から、奴の身体の熱を強烈に感じる。
「カオ上げろよ」
奴は額を俺のシャツに付けたまま俯いている。
「嫌・・・・です」
やっとしゃべったな。
「カオ上げろ」
コピー室の前の廊下をキャーキャー言いながら、女が3人通り過ぎた。
「顔赤いから、嫌・・・です」
一丁前に根に持ってやがる。
「上げろ」
突然奴は顔を上げた。本人の言っていた通り、赤い顔を。
そして一気にしゃべり始めた。
「ず、ずるいですよ。なんか!僕ばっかり!苦し・・・かったんですから・・・」
真っ赤な顔で目に涙を溜めて訴えてくるその様子はまるで、ガキだ。


俺は無視した。


聞く耳持たなかった。


無視してただ首を折り、





くちびるを寄せた。







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