4.入道雲






不覚。




俺はあのチビの名前を呼んだ事があるらしい。それはまあ、いい。
ただそれを指摘された時、俺は動揺した。

なんでもねぇ、ただの話のネタだったのに。
いつも通りの、ハイテンションで終わらせりゃ良かったんだ。
銃ぶっぱなすとかして。だいたいあのデブ、なんでそんな細けえ事覚えてやがんだ。
恋ヶ浜なんて何ヶ月前だよ。お陰で糞マネはからんでくるし、俺の気分は最悪だ。
今考えりゃあ、たかだか後輩の呼び方ごとき瑣末な事に、
一体どこで俺が動揺しなけりゃならねえ要素があったのか、釈然としねえ。
多分、ボタンの掛け違いを指摘された時動揺する、あんなようなもんだ。
自分の気づかなかった発言を、指摘されたからだ。

本日快晴。部活、無し。
あぁ、ムカつく。晴れすぎなんだよ。特にあの四角い窓を下から上へ3分の2を占めている入道雲。
白すぎて人工物のような感じさえあるあの雲。
アレをみてると落ちつかねえ。ムカツく。あの色、あの形。
クソ。あの雨の日なんか無くなりゃいい。

俺はほとんど部室に住んでる。家もあるが、めんどくせぇからほとんど帰らねえ。
けど今日は土曜でガッコも部活もねえ。
ガッコは明日もねぇが、部活はある。なまるからな。2日も休むと。
つっても休息もねぇと奴等ヘバって使い物にならねぇし。週に1日は部活も休みだ。
だからっていつまでも部室の椅子にふんぞり返って、いつまでも雲を睨みつけてる必要もねえ。
なによりココにいると腹が立ってきて仕方ねえから、久々に帰ろうと思った。

アメフトの事を考えろ。
今日は月刊アメフトの発売日だ、それでも見て、銃の手入れでもして、あの事は考えるな。
どうせ休み挟んだらあのバカどもも忘れてる。
俺も、きっと忘れてる。

泥門駅前は商店街もあるし、結構栄えてて今日みたいな休日は、買い物客がうじゃうじゃいやがる。
あのクソ忌々しい入道雲は、この不特定多数、平凡を絵に描いたような幸福な買い物客を、
諸手を上げて歓迎する。
まあ、どうせ俺の行く本屋は薄暗くて窓もねえし、ガラガラだろうけど。
その本屋はふるぼけてて小せぇけど、アメフト関係の本がなかなか充実してる。
透明感失われ、黄ばんだ自動ドアがガアッっと開いて、店内に入った。
店内は入り口から全て見渡せるくらいの広さで、思った通り客は少ない。
音楽をかける、といった概念の全くないこの店は、さっきの街の賑わいが嘘のように静まり返っている。
いつものジィさんが、いつもの「いらっしゃい」を言った。
あの通り雨の日以来、俺の気分が最悪だった事はさっき言った。自分がムカついたんだ。
たかが後輩の呼び方ぐれぇで何動揺してんだよ。思い出しただけで、いや思い出したくもねえ。
とにかく、あんな無様もう2度としねえ。誓ったほどだ。
それがどうだよ。俺の身体はまた動かねぇ。
俺の背後で自動ドアが開いたら良いのか、閉まったら良いのかわかんねぇぎこちない動きをしてる。

なんでテメーがここにいんだよ。

奴は立ち読みをしていた。自動ドアが開いて、店員がいらっしゃいと言ったにもかかわらず、
人の入って来る気配がないので、ちらりとこっちをみた。

「ヒル魔さん・・・」
なんつーマヌケ面だ。こっちがバカらしく見えてくる。
奴が立ち読みしてたのは今日発売の月刊アメフトだった。
「おう」
俺はやっとかび臭い店内を進み、奴の目の前に平積みになってる月刊アメフトを一冊取った。
「珍しいですね。休みの日に会うなんて」
奴はナイキの紺色のTシャツにブルージーンズ、背にはたいして物の入ってなさそうな
ベージュのリュックを背負っていた。そのリュックには何処かで見たことのある、
気色の悪いクマのキーホルダーが付いている。
まるで小学生だなと言うと、奴は自分の格好を見下ろして「そうですか?」と不満げに言った。

「オマエここで何してんだ?」
奴の家は泥門前駅から4つ離れている。近所とはいえない距離だ。
少し照れ臭そうに笑ってから奴は答えた。
「母さんの買い物に付きあわされて、こっちに来たんですけど。
母さん高校時代の友達にばったり会っちゃって…お茶していくって言うから、僕おいてけぼりですよ」
はは、と力なく笑った。
「まっすぐ帰るのも何だし…ホラこの本屋さん、ヒル魔さんが教えてくれたじゃないですか」
奴は読んでいた雑誌を閉じて、平積みの一番上に戻しつつそう言った。
あの雨の日の翌日、コイツはいつもに輪をかけてオドオドして、余計に俺をイラつかせたが、
今日はそんな様子はない。いつも通り、だ。
オドオドされるとムカつくが、昨日の今日で「いつも通り」なのも何かムカつく。
てめーらしい休日だなと言って俺はレジに向かった。会計を済ませ、雑誌を受け取り店を出ようとしたが、
俺の周りにはまだ奴の気配がべったり張り付いている。
自動ドアの手前で振り返ってみると、やはり奴はまだこっちを見ていて、
帰るんですか?と唇を大げさに動かしてみせた。
「ああ」と答えた。
「気をつけて下さいね」
今度は声に出して言ってきた。
一体何に対して気を付けんだ?と疑問を持ったが、
次の瞬間、自分の口がこう言っているのを、俺は聞いた。


「メシ、食ったか?」







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