5.晴天の
照りつける太陽の下、僕は公園のベンチに腰かけ、恐ろしく辛い物を食べている。
そのサンドウィッチというか、ホットドッグというか、それはどうやらトルコの食べ物らしい。
公園前に駐車したワーゲンバスの屋台で、片言の日本語を話す外人さんから買ったものだ。
もちもちしたナンみたいなものに、あぶられた肉が挟まっていて、ソースは普通、中辛、激辛とあった。
僕が口にしているのは、普段なら絶対ありえない味。激辛だ。
なぜって。
僕の隣には、節分の豆でもつまむかの様な気軽な顔で、それを食べているヒル魔さんが、
ごちそうしてくれた物だからだ。
「辛くないんですか?」
まだ半分も食べてないのに、ほぼ空になったコーラをひとくち飲んで尋ねた。
「・・・落ちたな」
ヒル魔さんは食べるのを一瞬やめ、そう言った。
「何がですか?」
僕は紙コップの片隅に、コーラが残っていないかストローで氷をつつきながら聞いた。
「辛さだよ。前はもっと辛かった」
ヒル魔さんは自分の食べていたそのサンドウィッチをじっと見て、つぶやいた。
これ以上辛くて、誰が食べるんだろう・・・。
世の中の人は僕が思っているよりもずっと、辛さに強いのだろうか。
「辛さを落とさざるをえなかったんだろうよ。オメーみたいのがいるから」
と言ってヒル魔さんは僕の頭にデコピンをした。
僕は多分、コーラが飲めないのと、辛さと、デコピンの・・痛み、だと思う。
で、ぶわっと身体から汗がふき出た。
辛さと暑さを紛らわすために、大きく吸った空気は熱く、重く、口内を余計ひりつかせた。
けれどもベンチの後にある、小さな噴水の水音はいくらか暑さを引かせた気もする。
ヒル魔さんはすっかり食べ終え、膝の上にさっき買った月刊アメフトを広げ、眺め始めた。
ご飯にさそってもらったのは、意外な事だった。
あの通り雨の日以来、僕は正直ヘコんでいて、耐えきれずまもり姉ちゃんに打ち明けた。
それまで自分のなんていうか、ぐちゃぐちゃした卑しさとか、ヒル魔さんに嫌われているんじゃないかとか、
じゃあ何で嫌われているんだろうかとか、そういった事で雁字搦めになってた僕の心身は、
まもり姉ちゃんの一言ですっかり軽くなってしまった。
まもり姉ちゃんは、すごい。
たった一言で、あの横顔で、僕の前にばーんと道を作ってしまった。
その道は、僕の自己中心的な願いを、否定してなかった。
ヒル魔さんが遠くにいるのなら、僕が一歩近づけばいい。そう言ってた。
そして今日、ヒル魔さんは別に僕のこと嫌ってるわけじゃない、そう思った。・・・多分。
だってそうじゃないか、休みの日に偶然会ったからって、わざわざ嫌いな人をご飯に誘うような人じゃない。
ヒル魔さんは、雑誌をめくり、時々アイスコーヒーを飲んで僕が食べ終えるのを待っている。
ヒル魔さんの揺らすガラガラという、紙コップの中の氷がこすれ合う音が気持ちいい。
僕は汗だくで、サンドウィッチをまたひとくち食べた。
うれしい。
ここに至るまでの顛末が。
この沈黙が。
舌を刺す辛さが。
「何ニヤついてんだよ」
ガラッという音がして、氷の入ったコーヒーの冷たさで汗をかいた紙コップを、ほっぺたにくっつけられた。
「ひゃ!!」
この炎天下、紙コップは意外なほどに冷たさを保っていた。
ヒル魔さんは遠くにいなかった。それでももう一歩近づけば、また距離は縮まる。
僕は正直に言った。
「うれしいんです」
でもやっぱ勇気が足りなくて、顔は見れなかった。頬についた水滴を拭うふりをしていた。
「あ?」
ぶっきらぼうな相槌が返ってきた。
ひるむな、せめてもう一歩。
「休みの日にヒル魔さんに偶然会って、こうやってご飯食べてる事が・・・です」
言いながらちょっと恥ずかしくなってきて、語尾が小さくなった。いつもヒル魔さんに怒られるやつだ。
僕はヒル魔さんがこっちを見ていない事を祈りながら、ちらりと表情を伺った。
ヒル魔さんは色白だ。
あれだけ毎日長時間、外で練習してたら僕みたいに少しは焼けるはずだけど、ヒル魔さんはちっとも変わらない。
それどころか日焼けした部員達の中にいると、一層肌が白くなった様な気がする。
その白い横顔を、ちらっとだけ見るつもりだった僕は、思わず凝視してしまった。
こっちを向いていたその顔を。
「ヒル魔さん・・・顔・・また赤いで」
ビシィ!!!
「痛っ!!」
目が・・ちかちかする!
脳天に・・・チョップだ・・絶対・・・・。しかも手ヌキなしの。
「・・・っにするんですか、もういたたた。」
僕は頭が横一文字にへこんでるんじゃないかと、頭をさすった。
「ウルセェ!オメーが・・・また?またってなんだよ」
急に冷静な声に戻ったヒル魔さんが、こっちの都合というものは奇麗に無視して答えを要求する。
「も、いいです・・・」
二度もあのチョップを食らったら倒れる。いくら首を鍛えているにしたって。
「言え」
眉の横にゾっとするくらい硬くて冷たいものが押し付けられた。銃だ。
嫌です、そう言うにいえない僕の視界は急に陰った。
太陽が雲に隠れたんじゃない、人が立っているのだ。僕たち二人の前に。
押し付けられている銃の感触に気を取られながらも、僕はその影の発生している場所を目だけ動かして見た。
「よっ!」
そう片手を上げて挨拶したその人の親しげな目は、僕とは合わず、ヒル魔さんに向けられていた。
そこでやっと視線を動かしたヒル魔さんが言った。
「エミ・・・」
エミと呼ばれた彼女の連れている小さな犬が、僕の足に纏わりついた。
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