6.霹靂






「いいの?あの子放ってきちゃって」
泥門前駅ほど近く、欧州ぶったオープンカフェのひさしの下のテーブルに、
洋菓子を2つも3つも並べた女がそう言った。


「別に。たまたま会っただけだ」
女はふーっと大げさにため息をついてみせてこう言った。
「あたしこんなとこでお茶する気なんか、なかったんだけどなあー」
「仕方ねぇだろ、テメーのその躾のなってねぇ糞イヌがいんだからよ」
往々にして介助犬以外の犬は飲食店には入れない。
最近はペットブームとやらで、こういうオープンカフェならペットもオーケーな店も増えた。
趣味じゃねぇが、仕方ねぇ。
「そうじゃない。あたしはただアンの散歩してたら、たまたま珍しい知人を見つけた。
そしたらその知人は、まるで小羊の様な少年に白昼堂々銃を突きつけて恐喝よ?
それを見過ごすなんて、ほら、良心の呵責?があるじゃない」
一気にそこまで言うと、口の中へ白い生クリームの塊を押し込んだ。
アンっつーのはどうやらテーブルの下で涼をとっている、暑苦しい長毛の糞イヌの名らしい。
「人のカネでバクバク食ってる奴の言う台詞か」
ずうずうしい女だ。あいかわらず。
「そーでした。ごちそうさまです」
今更わざとらしくペコリと頭を下げて礼を言った。

コイツ、エミとは去年の今ぐらいに知りあった。コイツは駅前でカットモデルを探していた。
歳は同い年だが、高校へは行かず美容師の見習いをやっていて、その練習台になってくれ、と声をかけてきた。
俺は断った。
練習台が気に食わねぇのもあるが、髪を切る時に着せられるあの、
テルテルボウズみてぇなマヌケな雨ガッパを着せられるのは御免だと言った。
エミは少し考えてわかった、絶対に着せない。服も汚さない。約束する。だから2日後必ず来てくれと言った。
俺は少し興味があった。
どんなにスカしたサロンでも、どういうわけかあの無様な雨ガッパを客に着せて、
バカデケェピカピカの鏡の前にさらさせるのに、だ。
行ってみるとなんの事はなかった。アディダスの黒い上下のナイロンジャージが用意されていた。
まあ、確かに雨ガッパでもねぇし、服も汚れねぇ。
それ以来、コイツとは時々付きあってた。女のくせにさっぱりしてやがるし、たいして電話もかけてこねぇ。
ただ春あたりからは俺も忙しかったし、コイツからも連絡は無かった。
そして今日、偶然出くわした。

「でもさ、びっくりしたよ」
この女は倒置法を多用する。そんな事を久しぶりに思い出した。
「だってさ、妖一。あたしの事名前で呼ぶんだもん。ひっさびさに会ったら」

「・・・・」

意味がわからねぇ。何言ってんだコイツ。
「うっわー。わかんないって顔してるよ!前は絶対あたしの事(糞美容師見習い!!)としか呼ばなかったくせに」
「・・・ウソつけ」
何だ?名前で呼ぶ呼ばないっつーのは今流行ってんのか?くだらねぇ。
「あ、あ、あそー。しらばっくれんの?」
と言うやいなや、右手に持ったフォークを振り上げ、
凝ったつくりのショートケーキの上の大粒の苺を、いきなりフォークで突き刺した。
その勢いで、苺の下の細かい細工のクリームや、何層にもなったスポンジが見事に、潰れた。
エミはその苺を突き刺したフォークを俺の目の前に、ずいっと突きだし、
射ぬくような真摯な眼差しでこう言った。
「絶対名前で呼ばなかった。一度も。この苺を賭けてもいい」
俺は一瞬言葉を失ったが
「いらねーよ」
生クリームの纏わりついた、甘ったるい苺の臭いに顔を背けて言った。

「・・・・・・」

一体なんの沈黙なのか、俺はまた視線を戻した。
目の前には未だ苺の刺さったフォークが突きだされている。
さっきと違うのは、エミが俯いている。
突きだされたフォークが小刻みに震えだした。

「・・・・・くっ」

・・・・?

「あははははははは!!!もう駄目!あははは!」
急にのけ反って弾けるように大笑いした。
目には涙まで溜めてやがる。腹まで押さえかねない勢いだ。
オシャレなカフェのオシャレな客どもが、軽蔑の表情で盗み見してる。
気でも違ったか?
奴はヒーヒー言いながら、

「妖一」
俺の名を呼んだ。
さっきのバカ笑いとはまた違う、人をおちょくったような目の光。

にやり、と笑った。







「恋、してるな?」







____
next