7.炎天






「ちんたらやってんじゃねぇ!テメーは10週追加だ!糞チビ!!」

土曜の部活は1日通しである。
今はまだ午前9時で、部活はむしろこれから。
9時だからって夏の陽射しは容赦しない。
それなのに。
朝から随分セナ君をしぼるな、ヒル魔。
今日は姉崎さんが法事でいないから、セナ君の練習日にはもってこいなんだけど・・・。
それにしたってセナ君、夕方まで持つかな。

「糞デブ」
「あ・・・。ヒル魔」
僕はセナ君とヒル魔の2人を見ていたつもりだったけど、いつの間にかヒル魔は僕の背後に立っていた。
「コレ、あとで糞チビに渡しとけ」
ヒル魔が差し出したのは、スポーツドリンクの500ミリリットルペットボトル。
・・・自分で渡せばいいのに。
「うん。わかった」
でも素直にうけとった。流石にヒル魔との接し方は心得てる。
ここで僕がつっぱねるとヒル魔はヘソを曲げる。多分恥ずかしくなっちゃうんだと思う。
意外にヒル魔かわいいとこあるから。だから僕から渡すのが当然だって顔で受け取るんだ。
でもあとでセナ君にこっそり教えよう。ヒル魔がくれたんだよって。

「ヒル魔」
「あ?」
「セナ君、頑張ってるね」
自然と僕らは、走るセナ君を見てた。
ランニングを10週追加されたセナ君は、そりゃあ苦しいだろうけど、
見てるこっちはそれはすがすがしい気分だった。

「・・・・」
ヒル魔は黙ってる。
けど僕と気持ち、たいして変わらないと思うんだけどなあ。

「うれしいね」
僕はヒル魔の同意を誘った。

「・・・・」

「・・・・」
よく馴染んだ僕たちの沈黙。
ヒル魔が答えるという期待をしない僕。
答えなければいけないという努力をしないヒル魔。


「・・・ああ」
ゆっくりと返ってきた同意。
ヒル魔はまぶしそうに目を細めて、セナ君の姿をぼんやりと追った。


休日の部活では、10時に30分の休憩、12時に1時間の昼食を含めた休憩がある。
やっと、といった感じで12時の休憩になった。
この炎天下、朝の7時から走ったり、ぶつかったり、時には転んだりしているのだから、みんなぐったりだ。
ことにセナ君の疲労ぶりはあきらかだった。
僕は朝コンビニであらかじめ買っておいたお弁当各種を、部室のテーブルに並べ、割りばしを割る所だった。
他のみんなは飲み物や、昼食を買いに出ている。
セナ君は・・・・。
部室に帰ってくるなり椅子に座り込み、テーブルに突っ伏してぐったりしている。
寝てるのかな?起こしちゃかわいそうだけど・・・。
ここで食べなきゃ体力が持たないよ。それでなくてもセナ君、痩せてるし。
「セナ君」
僕は割りばしを割るのを後回しにして、セナ君の肩を揺すった。
「う・・・」
むくり、とセナ君が頭を持ち上げる。
「ごめんね、でも食べとかないと倒れちゃうよ?」
汗と、机に突っ伏していたせいで、セナ君の前髪はおでこにぴったりくっついている。
「あ、すいません・・・」
とは言ったものの、セナ君はまだぼんやりしている。
「あ、そうだ。これ、取りあえず水分とらないと」
ヒル魔から預かっていたペットボトルのフタを開けて、セナ君の手に握らせる。
「ありがとうございます・・」
セナ君は寝ぼけ眼で、糸かなんかで操られてるみたいにペットボトルに口を運んだ。
スポーツドリンクを飲む、ごくごくと言った音は力強く、僕は安心した。
セナ君はペットボトルの半分以上を一気に飲み、ふーーっと息を吐き出した。
「はー、生き返りました。あっすいません!こんなに飲んじゃって」
ふふ、と僕は笑ってしまった。
しおれた花に水をあげたみたいに、セナ君、急にぴんとなった。
「いいんだよ。それセナ君にってヒル魔がくれたんだから」

ぴんとなったと思ったら、今度は色が変わった。
「ヒル魔さんが・・・」
なんの変哲もないペットボトルを、滑稽なくらい真剣な眼差しで見つめた。
やさしい所あるでしょ、と言おうとした所でセナ君の言葉が一歩先に出た。
「僕、昨日ヒル魔さんに会いました」
偶然会ったのかな?それはよくある事だけれど、セナ君の表情はそうは言っていない。
「へえ、そうなの?どこで?」
セナ君のそんな表情には気づかないふりをして僕は尋ねた。
「小林書房です」
「あー昨日発売日だったもんね。月刊アメフト」
「・・・・」
完全にうわの空だ。セナ君。僕の言葉も宙に浮かんでいる。
「セナ君、どうかした?」
宙に漂っているセナ君の意識と、僕の言葉がやっと戻ってきた。
「えっ、ああ、いえ・・・。あ、そのあとヒル魔さんにご飯ご馳走になったんですよ」
「へえ!何食べたの?」
「何だろう、なんかスゴイ辛いホットドックみたいな・・・公園前で売ってたんですけど」
「ケバブだ。ヒル魔あれ好きだなあ」
辛くって涙でちゃいましたよ、とセナ君は笑った。
でもその笑顔はまた曖昧に消えていってしまった。

「・・・何かあった?」
さすがにちょっと異常だ。セナ君は普段こんな顔する子じゃない。
「いえっ別に」
それからセナ君はごくん、と喉を鳴らし、ふうっと息をつき、言った。
「ヒル魔さんの・・・・お友達・・にも会いました」
ヒル魔の友達?それと何かあったのかな。でも僕はまた気軽に応えた。
「あ、そうなの?誰だろう、僕も知ってる人かなぁ」
僕の表情を、ほんの一瞬でも見逃さない。と言わんばかりに大きな目をより大きく見開き、
僕の目をじっと覗きこんで、セナ君ははっきりとした口調で言った。

「エミさんっていう人です」
セナ君のその目に、残念ながら僕は応えられなかったと思う。
「エミ?女の子?麻黄の人じゃないなあ」
ヒル魔と僕は同じ中学出身なので、共通の知り合いも多いけど、(エミ)には心当たりがない。
セナ君はちょっとがっかりしたようだったけど、続けた。
「背は僕よりちょっと高いくらいで、髪が黒くて・・・長くて・・」
僕の記憶の中に一人、その面影にヒットする人物がいた。
「もしかして前髪ぱっつん?」
弾かれたようにセナ君が僕を見た。その瞳の色は肯定だった。
「そう、そうです!そう、それで歯を・・」
間違いない、その風体で(歯を)と言ったら、
「矯正してる?」
こくこくとセナ君が首を振る。
「ああ、美容師のコでしょ。一回だけヒル魔と3人でご飯食べたことあるよ」
セナ君はへえ、という顔をしてから、妙にかしこまって座り直してから、
「その、ヒル魔さんの彼女・・なんですか?」
と聞いた。
「彼女・・なのかなぁ。前は結構2人でいるとこ見かけたけど、最近は見ないなぁ」
釈然としないという空気がセナ君から漏れる。
僕は続けた。
「ヒル魔そういう事話さないからなぁ。そもそもあの子が(エミ)っていう名前なの僕初めて知ったよ」
「?栗田さん、ご飯一緒に食べた事あるって・・・」
「うん。でもヒル魔(糞美容師!)とかそんなんでしか呼ばなかったし、
えと、エミちゃん?も意地になって教えてくれないんだもん」
「でも・・・ヒル魔さんが呼んだんですよ。エミって」

ふふ。僕はおかしくなってまた笑ってしまった。
ヒル魔、素直じゃない振りするのが下手だなぁ。
急に笑った僕を見て、セナ君は言葉に詰まっている。
「セナ君。ヒル魔がセナ君の名前呼ばない事、気にしてるんでしょ」
「え、そんな・・・」
良い子だな、セナ君は。ヒル魔のいいとこなんかとっくにわかってる。

こほん。
僕はちょっと演技っぽくせき払いをした。
「ヒル魔がセナ君の名前呼ばないのは、セナ君の思ってるような理由じゃないよ」
「・・・え?」
「さ!お昼食べよう!部活はこれからだよ!」
急においてけぼりにされたセナ君は、ちょっと僕に着いていけなくてとまどってる。

でも、これ以上僕は助けないからね。


ヒル魔。






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