8.日暮れまえ
「今日は来ねーんじゃなかったのかよ」
背後から近づいた私に気配で気づいたのか、彼は振り返りもせず言った。
「法事終わったのよ。私が来ちゃ悪かった?」
父はつきあいで親戚達と飲みの席に残っているが、私と母は退散してきた。
ああいう場所に長居すると、ろくな事がないんだから。
そのまま母に車で送ってもらい、部活の様子を見に来た。
確かに練習には出れないって言ったけど、マネージャーが様子見に来て悪い事なんかある?
午後5時30分。西日が厳しい。
今日は暑かった。
今も充分暑いけど。陽が傾き始め、もう少しでこの太陽から開放される。
たとえ熱帯夜が待っていようとも、日暮れあとの涼しさに期待をする。
「もう、終わんぞ」
彼はグラウンドに据えられたベンチに腰を下ろしていた。
「わかってます」
休日の部活終了時刻くらい、知ってるわよ。
じゃあ、何しに来たんだって言いたそうね。
ちゃんと用事があるのよ。あなたには関係無いかもしれないけど。
・・・だめだなあ。
今日はいつにも増して、この人のいつもの口の悪さがいちいち気に触る。
とにかく、部活が終わるのを待とう。私はヒル魔の横に腰掛けた。
プラスチックのベンチは熱い。腿が直接触れないよう、注意深くスカートを引っ張った。
今部員達は遠くで軽いストレッチなんかをしてる。クールダウンってところね。
早朝からこの猛暑の中、1日運動していたっていうのに、
笑い声には張りがあるし、ときどきふざけあったりしてる。
みんな元気一杯だなあ。それに真っ黒。
セナがあんなに日焼けしてるのなんか見るの、小学生以来じゃないかな。
横のヒル魔は、片肘を膝に突いて頬杖をして、気難しそうな顔で部員達を見守っている。
この人、アメフト以外の事って考えるのかな。
悪事もなんだかんだいってアメフト関係以外には働かないみたいだし。
休みの日とかって一体何してるんだろう。全然想像出来ない。
ふと、視線を感じてヒル魔を見ると、意外な程まっすぐ私を見てた。
「何?」
この人がこんなに真っ直ぐ私の顔見るの、あんまりないんじゃないかな。
ちょっと面白くなさそうな顔してる所が気にくわないけど。
「・・・・」
一時停止画像を見てるみたい。全く動かない。
私も負けじと彼を見た。
「・・・・」
あれ。
この人こんな顔だったっけ。
額も、頬に当てられた手も部員達と対照的に白い。
血管の色がわかるほど。
意外に繊細な顔立をしてたんだな。
だって、西日に当たった睫毛の影がすごく長い。
唇がとても薄い。
その唇が少しだけ開き、少し間を置いて声が追いかけてきた。
「姉崎」
??
今、名前呼んだ?私の?
どうして?
「何よ?」
もう私の声は挑みかかっている。
返事はなかった。
ただ頬杖を外し、ベンチに手のひらを突いて空を仰ぎ、伸びをした。
どうして今私の名前を呼ぶのよ?セナの名を呼んでみなさいよ。
何でか知らないけど、
セナは、あなたの事。
・・・言ってやりたかったけど言わなかった。
どうして?セナ。
なんでこの人なの?
あんまり心配させないで。
私は、暴露をしなかったかわりに、肺の奥から大きなため息をついた。
ため息が2つ重なった。
私とヒル魔が漏らした大きなため息。
「あっれーー?まもりさーーん!来てたんスかーーーー!!」
日焼けしたセナとモン太君がこっちへ駈けてくる。
ヒル魔と重なったため息が、なんだか気不味くて。
私は勢いよく立ち上がり、できるだけの大声で今日の用件を告げた。
「セナ!!今日花火行こう!!!」
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