ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「雲水遅せぇな」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「そろそろ帰って来てもいい時間だぜ」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「あいつが油売るワケねぇし」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「痴漢に会うってこともないだろ」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「あ、阿含さん」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「阿含さん」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「阿含さんっ!!」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「あ゛?なんか言ったか?」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 阿含は完全に音漏れしているヘッドフォンを不機嫌そうにずらして一休を見た。 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「あの、いい加減出た方がいんじゃないっすか」 「何が」 一休はテーブルに投げ出されている、黒い携帯電話を指さし言った。 「ケータイっす!さっきからむちゃくちゃ鳴ってるんすけど」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「ウゼェ。取れ」 阿含は携帯の方をアゴでしゃくった。 一休は先程から延々に鳴り続けている阿含の携帯電話を手渡した。 「つーか、ダレなんだよコレ」 阿含はその着信主の番号を知らないらしい。 「うっわ。着信27件って鬼かよ」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「一回とった方がいいんじゃないすか」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「ハ?指図すんな」 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「阿含、雲水から連絡ないか」 着信音の向こうから山伏が尋ねる。 「出ていってから3時間だ」 今日は彼、山伏権大夫の誕生日である。 仲間うちで誕生会でもやろうじゃないかと言い出したのは、西遊記トリオだったが、 買いだしに出たのは雲水だった。 単純にジャンケンで負けただけなのだが、大人数ぶんの買い物をそれでも一人で行かせるところが、 神龍寺らしいドライさだ。 その雲水が出かけて3時間。いまだ寮の娯楽室に顔をださない。 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「イヤ、連絡来てないッスよ。・・・・ってウルッセェな!」 阿含は携帯電話を床に投げつけそうになったが、一休がなんとか止めた。 「雲水さんかもしれないっすよ」 阿含の携帯に雲水の携帯番号が登録されていないはずはないが、 もしかすると何か事情があって別の電話からかけているのかもしれない。 そして雲水はまだ帰って来ていない。 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ・・・・ 「チッ」 阿含は舌打ちして一休を睨みつけると、通話ボタンを押した。 以下は阿含の通話の様子である。 ピッ 「何?オマエ誰?」 (テメェ、とっとと出やがれ!コラァ!!!) ※()表記のものは通話相手の声が非常に大きいため、外部にも聞こえる音声である。 「誰だオマエ」 (ふっざけんな!オザキだ!オザキ!!) 「オザキ?ナニソレ。ああ、十五の夜か」 (ヨユーこいてんじゃねぇぞ!いいか、よく聞いてろよ!!切んじゃねェぞ!!) 「あ?なに?ダメだよ。バイク盗んじゃ」 (・・・・・・・・) 「雲水?」 (・・・・・・・・) 「ハ?何言ってんの?お前今ドコにいんの?」 (・・・ココだ、バァカ!!!!) 「ンだコラ、オカザキ。なんで雲水がそこにいんだよ」 (オザキだ!!テメーが質問してくんじゃねぇよ!いいか、忘れたとは言わ) 「雲水出せ」 (・・・・・・・・) 「あ?いいから雲水出せ」 (・・・・・・・・) 「・・・・あんだと?」 (・・・・・・・・) バキッ!!! 「阿含!?」 「阿含さん!?ケータイ・・!」 阿含の右手には携帯電話の上半分液晶部分が、左手には下半分ボタンの部分が。 通話中に阿含は突然、板チョコレートを割るように携帯電話を折った。 「・・・・・・・・」 ゆっくりと、阿含が部員を振り返る。 「!」 鬼だ。 部員達は等しくそう感じた。 阿含の顔はまさに鬼の形相だった。全員、動けなかった。 阿含の左手から携帯電話の半身が、床に落ちる。 その左手を、胸の高さまで上げる。 「出せ」 サングラスとドレッドの間から覗く眼光に捕まったのは、一休だった。 「え・・・?」 通話の様子からすると、雲水に何かあった事は間違いない。 雲水に(何かあった)時の阿含を誰も見た事がなかった。今、この瞬間まで、誰も。 一休の身体は例え数ミリでも阿含から遠ざかりたい、とばかりにのけ反っている。 「オマエのケータイ」 誰だって先程の携帯電話の惨状を見れば、渡したくないだろう。しかし誰だって命は惜しい。 一休は震える手でポケットを探ると、自分の折畳み式の携帯電話を取りだし、阿含に手渡した。 阿含は一休の携帯電話をひったくると、案外冷静にボタンを押した。そして耳に当てる。 「・・・雲水?」 阿含はどうやら雲水の携帯にかけたようだ。 (俺だよ、バァカ!!!!) 先程阿含の携帯にかけてきた男の声だ。 一休は思った。やられる。 バキッ!!! 一休の予感は当たった。最新機種の携帯電話が、 半導体をのぞかせて折畳み部分から数本の配線でなつながり、なんとか二つにならなかった程度に、破壊された。 阿含はその元携帯電話を一休に突きだす。 一休は手のひらを出す。何も言わず、目も見ず、阿含はその手のひらに、 おそらく着信も発信も不可能になった携帯電話を返却した。 「阿含、雲水は・・・」 恐る恐る、山伏が言った。 「・・・・・・・・・か」 ぼそり、聞き取れないくらいの声で阿含がつぶやいた。 「・・・・・・去勢手術か」 びくり、部員達が震えた。今、阿含の口から恐ろしい言葉が聞こえた気がするからだ。 「・・・・・・拷問してやる」 「・・・・・・死刑だ」 阿含はふらりと歩き出した。 「・・・・・・オカザキ」 バタン。 そして姿を消した。 一休をはじめ、部員達の心臓の速すぎる鼓動が聞こえてきそうなほど、娯楽室は静まり返っていた。 「雲水が・・・・」 最初に声を出したのはゴクウだった。その声は掠れていた。 「さらわれたんだ」 ゴクウと目を合わせ、頷きあうようにサゴジョーが言った。 先程の通話内容と、阿含の日頃の行いを考えれば、それは容易に察しがつく事だった。 街頭のティッシュ配りのように、阿含は悪意を振りまき、そしてその替りに恨みを買っている。 「オザキ・・・だったよな?」 電話をかけてきた男の名前だ。山伏がすこし自信なさげに言った。 「名前まちがってるし」 ハッカイが言った。阿含が最後に言った名前は確かに(オカザキ)だった。 だがおそらく相手は複数と考えていいだろう。あの阿含相手に喧嘩をふっかけたのだ。 それに雲水をさらうにしても並の男では不可能だ。だいぶ人数がいると考えていいだろう。 ガタン。 へたりこむように椅子に座っていた一休が立ち上がった。 「俺、行ってきます」 部員達を振り返り、そう言うと一休はドアに手をかけた。 「一休!」 山伏が叫んだ。 「・・・すいません。寮には、うまく言っておいてください」 一休は少し困ったような顔で笑い、言った。 バタン。 今行ったら、 殺されるかもしれないぞ、一休。 阿含に。 部員達は一休と阿含の出ていったドアを、いつまでも見つめていた。 Vol.2 “engine”