ジェニー

Vol.2 “engine”


世界の終わりが砕け散る
悲しみ見あたらねえ
七つの荒海制覇しろ
あの娘に会えるまで

ジェニー ジェニー どこにいる
嵐で見えやしねえ




阿含が部室を出て、すぐに一休も部室を出たはずだが、
追いつくまで一休は多少の時間を食った。
彼がいたのは意外な場所であったからだ。

「阿含さん!」

一休は息をきらしながら、阿含であろう人影に呼びかけた。
阿含は、うす暗い寮の駐輪場にいた。
背をかがめて何かをしている。こちらを振り向きもしない。
一休は阿含の側まで走り寄り、驚愕した。
神龍寺は全寮制であるため、自転車通学の生徒はいない。
教師や寮の職員だけが移動の際にこの自転車を利用する。生徒は使用禁止だ。
ちいさなトタン屋根の下に置かれている、新しいとは言えない自転車が4台。

それとなぜか、大型バイク。

月明かりに浮かび上がるその姿は不気味なほど大きく、
自転車を老犬とすると、そのバイクは巨大なライオンのようだった。
一休はバイクには明るい方ではない。ない、が。
阿含の手元をのぞき込むと何をしているのかは良くわかった。配線をつなげているのだ。
おそらく阿含は配線をつなげてエンジンをかけ、このバイクに乗るつもりなのだろう。
それが何を意味するのか。
「阿含さん、このバイクもしかして」
阿含は一休の言葉など何も聞こえないといった風に作業を終え、バイクに跨がった。

ブォン!!

巨大なエンジン音が響いた。
「ま、待って下さいよ!俺も行きます!!」
一休はエンジン音に負けないよう、今度こそ阿含に聞こえるよう、声を張り上げた。
駐輪場に面した寮の窓から、エンジン音を聞いた寮生が次々に顔を出した。
もう一度。

ブォオオン!!

阿含は振り向かなかった。
無視しているのか?聞こえていないのか?
どちらにしろこのままでは阿含はすぐにこの怪物のようなバイクを発進させてしまうだろう。
阿含は強い。
けれども相手は複数だ。
両手くらいの人数ならどうにかなるかもしれない。けれどそれ以上だったら?
喧嘩は時代劇の殺陣ではない。相手は阿含が次の動きができるまで待ってはくれないのだ。
そうしたら雲水はどうなる?自分ひとりでもいた方が良いのは決まっている。

ブオォオォオォォ!!

阿含のバイクは遂に走り出した。
一休は意を決し、走りだした。まだスピードの出てないバイクに向かって。
手を伸ばし、走るバイクのタンデムシートに手をかけ、地面を蹴った。

ブオォォォォォォォォ!!!!!

一休の尻が、その皮に包まれたクッションの感触を感じた途端、バイクは加速した。
危うく乗った途端に振り落とされる所であったが、阿含の腰に手をかけて免れた。
遠ざかる寮から、寮生達のわあっという歓声があがった。口笛も聞こえる。
一休は夢を見ているのではないかと錯覚した。
いくら緊急事態だからといって、こんな派手な騒動を起こすのは始めてだった。
門限時間はとっくに過ぎているし、恐らく盗んだであろうバイクに寮の駐輪場から乗りだし、
ヘルメットなんかもちろん二人ともしていないし、そもそも阿含が免許を持っているはずがない。
そしてこのバイクはこれからとんでもなくスピードを出すだろう。
ここまでで一体どれだけの校則、寮則、法律に触れているだろうか。
だが、問題はこのバイクを降りた後の事だ。
何が起こるか全く予想できないし、その前に阿含に殺されるかもしれない。
二人を乗せた怪物バイクは、急なカーブの多い真っ暗な山道を、猛スピードで駆け抜けた。






ガードレールの無い山道で、何度崖下に突っ込むかと思ったか知れない。
ネオン輝く繁華街で、何人ひとをひき殺しかけたか知れない。

何年ぶりにも思える地面を踏んだ時、一休の膝は震えていた。
阿含はバイクを降りたその足で、早くも歩き始めている。
どうやらまだ一休の姿は見えていないらしい。
その方が好都合かもしれない。一休は阿含を追った。
阿含は頭上で輝くネオンとは対照的な、うすぐらい地下へ続く階段を降りていった。
階段の奥から、くぐもった重低音が聞こえる。
薄汚い地下階段には似付かわしくない、重厚な黒い革張りの扉が階段の終わりに現れた。
ドアについた龍をかたどった取っ手に阿含が手をかけると、
同時に大音量の音楽と、煙草の煙と、熱気が溢れ出た。
そして阿含の背中越しに見たその光景は、一休には異世界だった。

「阿含!」

そう阿含に向かって手を上げて近寄ってきた男がいた。
彼の頭には本来髪の毛があるところには全く毛がなく、そのかわりに流線形の黒い模様があった。
タンクトップから出た腕や、指先に至までその黒い模様がくまなく走っていた。
一休はその男の異様さにギョっとすると同時に、
この世界にいる人間すべてが異様ないでたちである事に気付いた。
「モヒートでいい?」
阿含にグラスを差し出してきたこの女。
ここまでその格好で来たのだろうか?
上半身は白いビーズでできたブラジャーのようなものしかつけていないし、
そのビーズは髪にも編み込まれている。
エナメルの白いパンツを履いてはいるものの、両サイドにふとももまでスリットが入っている。
すでに阿含のまわりにはこの二人に全くひけをとらない姿の人間が、数人集まっていた。
一休は先程まで(異様ないでだち)だと思っていたが、だんだんと道着姿の自分の方が異様に思えてきた。
要するに完全に浮いているのだ。
そして理解した。ここは阿含の巣なのだ。彼はこの世界にぴったりとはまっていた。
阿含は女の出したグラスには目もくれず、ひとこと言った。

「雲水しらねえか」

「うんすい?」
女は無視されたグラスの事など気にも留めていないようで、そう問い返した。
恐らく阿含はオザキとの通話中に携帯電話を破壊したため、居場所を聞きのがしたのだろう。
馴染みのクラブで聞き込みというわけだ。

「ああ、双子の兄貴だろ。ココに来んの?」
刺青のスキンヘッドが言った。どうやら二人とも心当たりはなさそうだ。
「じゃあ、オカザキは」
阿含がスキンヘッドに向かって言った。
「オカザキ?DJの?あいつならそこで回してんじゃん」
スキンヘッドは自分の後を親指でさした。
人違いだ。オカザキではなくオザキなのだから。

「オカザキじゃなくて、オザキっす!」

一休はこの異世界の住人と雰囲気に多少億しながらも言った。
この間違いを訂正できただけでも、彼の来た価値はあっただろう。
「ヤダ、なに?この子!アレみたい!カメハメハのやつ!」
白いビーズの女が一休を見て、高い声を上げた。
「ドラゴンボール!」
ビーズの隣にいた、まるで黒人ダンサーのような女がそう言い、二人は声をあげて笑った。
「オザキなら今日パーティやるって聞いたけど」
スキンヘッドが言った。
「どこ」
阿含は短く、問い返す。
「ドクターだよ!」
白いビーズの女はいまだにケラケラと笑っていたが、そう答えた。
心当たりがあったのか、聞くやいなや阿含はきびすを返した。
「何?帰んの阿含!」
ビーズの女が拗ねたように言った。
阿含は聞く耳を持たず、扉に手をかけた。


ブラックライトに浮かび上がった阿含の横顔は、
歯を食いしばり怒っているような、
それを越えて笑っているような。
背筋に鳥肌がたちそうな恐ろしい形相だった。

それでもなぜか、




一休には、阿含が泣きだすように思えた。










Vol.3 “party”