小さくなった鉛筆
「ナニ?コレ」
テーブルの上に転がる珍妙な物体をつまみ上げ、その物体の持ち主であろう人物に声をかけた。
「あ、阿含さん。それはエンピツっす」
担任不在のため早めにホームルームのひけた一休は、
部活開始までに少しは片づけてしまおうと思っていた課題を、部室のテーブルに広げていた。
阿含の人さし指と親指に挟まれている物は一休の持ち物であり、いかにもその物体の名は、鉛筆だった。
「んなこたわかってんだよ。ただコレになんか意味あんのかって聞いてんだろ」
100年に一人の天才と呼ばれ、その実その呼び名を持ってしても有り余る程の(才能)を持っているにも関わらず、
阿含は他人に対しての余裕をまったく持っていない。
今も後輩との会話のあまりにささいなすれ違いに、額に青筋を走らせた。
「お、怒んないでくださいよ!ソレは!
小さすぎて使えなくなった鉛筆を再利用する裏ワザっす!」
裏ワザと称するにはあまりに情けない物だが、それは長さ4センチにみたない鉛筆2本の、
削ってない方の面と面とを合わせ、セロテープで巻いて固定したものだ。
かくして鉛筆は長さ8センチとなり、両端とも丸くなった亜鉛の芯をのぞかせているという珍妙なそれ。
阿含は眉根に皴を寄せ、濃いサングラスの内側から見た。鉛筆をではなく一休を。
「一休ちゃんチは貧乏なのよね〜」
阿含と一休のやりとりを見ていたサンゾーが口をはさんだ。
「な!?ヒドイっす!サンゾー先輩!!」
一休が心外だとばかりに抗議する。
「じゃあ、おとなしく鉛筆くらい新しいの買えよ」
ゴクウがサンゾーに加勢した。
「今どきシャーペンじゃなく、鉛筆って所にむしろ僕は驚くけどね」
これはサゴジョー。
「一休、かわいそう」
なにやら口をもぐもぐさせながら、ハッカイが追い打ちをかける。
西遊記トリオの三連コンボが見事に決まった。
「先輩達、鬼ひどいっす!俺は!ただまだ使える物を捨てるのはいけないと思ったんっす!
節制っすよ、節制!!」
かわいそう、とまで言われた一休の反論は必死だ。
「・・・・セロテープは?」
発言というよりはつぶやきに近い声で阿含が言った。
「は?セロテープがなんすか?」
興奮さめやらぬ一休が、阿含に向き直って聞き返す。
「鉛筆がもったいねーって、今度はセロテープがもったいねぇじゃん。この、裏ワザ?」
阿含はしげしげと合体鉛筆を眺めて言った。
確かにこの(裏ワザ)には使えなくなった鉛筆を復活させるのとひきかえに、
セロテープという犠牲が出ている。
「それも、そうだな」
話に加わりこそしなかったが、一部始終を見ていた山伏が笑いを含んだ声で阿含に賛同した。
「意味ねーじゃん。一休」
ゴクウはあきれ声で判決を下した。
そこで部室の戸がガラリと開き、外の空気と共に雲水が顔を出した。
部室に集まった部員達が、一休を取り囲んでいる様を見て雲水は、
「何かあったのか?」
と誰にともなく、部室全体を見て言った。
「雲水さん!先輩達ひどいんすよ!イジメっす!!」
雲水の登場により一休は急に顔を明るませ、ひどいとは言っているもののその声は嬉々としていた。
「別に」
そんな一休に一瞥をくれ、阿含はつまんでいた合体鉛筆をテーブルに放り投げた。
一度かんっという音をたてて跳ね返り、後はテーブルの上をころころとその棒状の六角形は転がった。
「今の僕たちの時間の方が無意味だったな」
サゴジョーはそう言うと、雲水の立つドアへ向かった。
「部活、はじめっか」
山伏も椅子から腰を上げ、移動を開始した。
それを合図に部員達は次々と、部室を出ていった。
ふくれっつらの一休は、自分の前に転がる鉛筆に、手を伸ばす気になれずにいた。
放課後の練習を始め、雲水が気付いた頃には部室にいたはずの阿含の姿はなかった。
別段珍しい事ではない。
雲水は(まったく・・・)と思いはしたが、それ以上の感慨はない。
すぐに彼のスイッチは切り替わり、練習へ没頭した。
神龍寺は全寮制だ。
人里離れた校舎のほど近く、人里離れた場所に寮はある。
生徒は例外なくその寮に帰宅ならぬ帰寮する。
多少の外出は許可されているが、門限は設定されている。外泊は禁止。
無断外泊、門限破り、ともに厳しい罰が設定されており(滝壺に沈んでもらう)などとというのも、
決して大げさな脅しではない。
その神龍寺生の生活は高校生というよりは、坊主そのもの。
ただし規則や罰で彼らの若さを抑える事はできない。
寮や学校の目を盗んで、彼らは仲間同士協力して上手くやっているようだ。
練習と夕飯を終え、自室に戻った雲水を意外な人物が待っていた。
上手くやる必要のない男、阿含。
彼の奔放な生活態度は黙認されている。神龍寺始まって以来の事だ。
黙認というよりは、体のいい厄介払いといったところだ。
寮内で面倒を起こされるよりよっぽど助かる。
そして彼は(天才)なのだ。厄介であるのと同時に、今や神龍寺に欠くことの出来ない男。
もちろん寮は個室ではないし、一年の内は6人部屋。2年に上がると2人部屋を割り当てられる。
先輩後輩のいわゆる「縦」の関係に厳しいのもこの学校の特色だ。
「早いな」
雲水は寮の戸を閉めつつ言った。
阿含は窓際に背をもたれかけ、雑誌をめくっていた。
阿含が日付変更前にこの寮へ帰っている事は珍しい。
いや、帰って来る事自体が珍しいのだ。最早(帰ってきた)という表現が正しいのかもあやふやだ。
「おう」
阿含は雑誌から目を上げ、片手を上げて気軽に挨拶した。
雲水は鞄を下ろすと、作り付けの箪笥をあけた。
「フロ?」
阿含がまた雑誌から目を離し言った。
「ああ」
雲水は箪笥からタオルやら着替えやらを取りだしている。
「じゃあ俺も」
阿含は雑誌を閉じて畳へ投げた。
普段はどこかの誰かの風呂を拝借しているこの弟と、
ごくたまに寮の風呂へ行くと、雲水にひとつだけ良い事がある。
広い湯船を貸し切れるのだ。
親しいアメフト部員を除いて、上級生でさえもこの男と同じ湯船に入る事は、
面倒を作りに行く事以外なにものでもない。
1日の疲れを落とす風呂場で、誰が気疲れなど好んでしようか?
あとで時間をずらして入ればいいだけの話なのだ。
寮の風呂は富士の絵こそないが、銭湯さながらの大浴場である。
阿含はその貸し切られた広い浴槽に壁を背にして、のびのびと手足を伸ばして湯につかり、
縁に両腕を広げて預け、あーとかうーとか呻いている。
呻き声にまぎれて鼻歌を歌う、あれ、この曲のタイトルなんつうんだっけ。思いだせねー。なあ、雲水なんだったっけ。
「うるさいぞ、阿含」
雲水はその横、やはり浴槽に背を預け、肉体の疲労が湯に抜け出て行くのをじっと待つように、
目をつむり湯船に身体を沈めている。
雲水のうるさいなどまるで聞こえていないとばかりに、
阿含は天井をあおり、わざと浴室に声を反響させるように言った。
「はいここで雲水に問題でーす」
「・・・・・」
雲水は無視するでもなく、促すわけでもなく、待っているわけでもなく沈黙した。
「セロテープを使わずに、2本の鉛筆を1本にするにはどうしたら良いでしょうか。10、9、」
阿含のカウントダウン付きの問題に、雲水はうっすらと瞼を上げ少し思案すると重たげに唇を開いた。
「・・・・・・・ア」
「アロンアルファとか、ナシね」
阿含が素早く付け足した。
「・・・・・・・・」
図星だったらしい雲水は、また瞼を下げ沈黙した。
「ハーチ、ナーナ」
阿含のカウントダウンと、浴槽に湯を注ぎ込む為のひらきっぱなしの蛇口から、
大量の湯が注ぎ込まれる、ばしゃばしゃという音だけが広いタイル張りの風呂場に響き渡る。
「・・・組み込むしか、ないんじゃないのか」
やがて雲水が言った。
「・・・・・・・」
今度は阿含が黙った。
「箱根細工のようにな」
雲水がなげやりに付け加える。
それから雲水は目を開き、静かに立ち上がって湯船を出た。
雲水のあまりの答えに、彼と同じ顔を持つ阿含はなんともいえない表情をしていた。
おそらく箱根細工のように綿密に組み合った安物の鉛筆と、その労力について考えていたにちがいない。
「ン?出んの?」
雲水の背を阿含の声が追う。
「ああ」
お前はもうちょっとゆっくりしてろ。雲水は腹のうちでつぶやいた。
阿含と同じ湯船にいたのでは充分にくつろぐ事は不可能だと悟った雲水は、
せめて早めに部屋へ戻って寝てしまおう。そう思った。
「じゃあオーレも」
ざば、と派手な音を立てて阿含は立ち上がった。
タイトル不明の鼻歌を歌いながら、悠々と兄の後を追う。
阿含は今夜、この双子の兄を徹底的にかまう事に決めたらしい。
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