夢を、見た。
バカとオセッカイ
「おい、起きろ。阿含!ちこくするぞ!」
「・・・・・」
「阿含!」
「・・・・うるせーなー」
「お前がちこくすると、おれが先生に叱られるんだぞ!」
「わかったって。あと5分・・・」
「い・ま・起・き・ろ!」
ボコッ
「いてえっ!」
「起きるまでなんかいでもたたくぞ!」
「わあかった、起きます。はい、起きた」
「それでいい。顔あらってこい。あと母さんが朝ごはんくえって」
「?雲水」
「なんだ?」
「・・・いや、なんでもね。顔あらってくる」
「ずいぶんはやいな。ほんとにかおあらったか?ごはんたべたか?」
「雲水、服にハミガキ粉ついてる」
「え?どこだ?」
「ここだよ、そでんとこ」
「そうか?・・・なっなんだ、やめろっ手が冷たい!!」
「いいからじっとしてろ!」
「なにっ何をしてる?」
「あと10びょうまったら教えてやる」
「・・・・」
ピピッ
「な、なんだそれ」
「体温計。うわっ38度もありやがる。やっぱ雲水カゼじゃん?」
「・・・・・・・」
「・・・だとおもった」
「ちょ、まて、母さんには・・・」
「おかあさーーーん!!雲水熱が38度もあるーーーーーー!!!!」
「ばっばかっ!母さんに言ったら」
「雲水、休みになんだろ?」
「・・・・・・・」
「やすめばいいじゃん。熱あんだし」
「・・・・・・・」
「かおいろわるいし」
「・・・・・・・」
「ガッコいってもいみねーじゃん」
「・・・・っかい」
「は?なんかいった?」
「阿含のおせっかい!!」
「・・・・!びっくりした。寝言よね?」
ぴちゃり、男にしては細くしろい指が、洗面器の中の冷たい氷水にタオルを浸す。
「阿含のおせっかい!だって」
くすくす。タオルをしぼりながらサンゾーは小さく笑った。
「どんな夢みてるのかしら。少なくとも、うなされてはいないみたいだけど」
かたく絞った冷たいタオルを、熱を持った雲水のひたいにのせる。
きっとこの高い体温でこのタオルもすぐにあたたかくなってしまう事だろう。
「さて」
サンゾーはゆっくりと立ち上り、振り向いた。
「後はおせっかい、お願いね?阿含ちゃん」
サンゾーの視線の先には、頭の後で両腕を組み、
壁にもたれかかって座っている阿含の姿があった。
「こんなにタイミング良く帰ってくるなんて、やっぱり双子ね」
雲水が倒れたあと、動揺しきっているゴクウの元に洗濯物を届けにきたサンゾーが現れた。
二人で布団を敷き、雲水を寝かせようと悪戦苦闘しているところに、
ゴクウにCDを返しにきた阿含が現れたのだ。
その後ゴクウは無事返却されたCDを持って部屋へ戻っている。
「なに、ふてくされてるの?」
むっつりとしたまま動かない阿含に、サンゾーが言った。
「べつに」
阿含はぎょろりと目玉だけを動かしサンゾーを見て言った。
「そ?雲水ちゃんのタオル、かえてあげてね?」
サンゾーは阿含の眼光も意に介さず、そう言って部屋を出た。
バタン
阿含は後頭部で組んでいた腕をほどくと、ぼんやりと雲水の寝顔を眺めた。
「ほんと、いいタイミングだよな」
ぼそりとつぶやく。
はあ。
ため息をつく。
「ずりー奴」
そう言うと阿含はけだるそうに腰を上げ、四つんばいに這って雲水の布団まで移動した。
そのままの姿勢から雲水の顔を覗きこむ。
額や唇は青みがかるほど白いのに、頬だけは血の色が浮かび、
くるしげな熱い吐息が阿含の鼻先をかすめる。
「人、フッといてなんだよ」
苦々しくそう言うと、口調とは裏腹にそっと、トランプのピラミッドを積む時のようにそっと、
雲水の頬に指先で触れた。
紅潮した頬の色が語るように、雲水の肌はかなりの熱を持っていた。
「馬鹿じゃねえの」
頬に触れていた指を額のタオルに移す。
つい先ほどまで冷たかったはずのタオルは、雲水の熱を吸い込み、すでにあたたかくなっていた。
「どうせまた、無理したんだろ」
ぽつり、ぽつり、阿含のひとりごとは続く。
また、ため息が漏れる。
「知ってたくせに」
雲水の額のタオルをつかむと、ハンゾーの用意した洗面器の氷水のなかへ放りこんだ。
恐らく熱は39度はあるだろう。
額にタオルをのせるくらいでは、焼け石に水だとおもいつつも。
「無視できることと、出来ねえことがあんだろうがよ」
氷水の中でタオルを乱暴に揺らす。
ピンク色のやすっぽいプラスチックの洗面器の中で、タオルが踊る。
がらがらと氷が鳴る。
「バッカじゃねえの」
次第に阿含の独り言もおおきくなる。
力任せにタオルをしぼる。指先が、つめたい。
「チッ」
舌打ち交じりにしぼったタオルを広げて雲水の額に乗せる。
このちっぽけなタオルにどれだけの効果があるのだと、訝りながらも。
「バカ雲水。」
「おせっかい阿含」
阿含の眼が見開く。
それからゆっくりと、枕に頭を預けた雲水の顔に視線を移す。
今のせたばかりの白いタオルの下、雲水のまぶたがうすく開いていた。
寝言ではない。瞼の奥の眼はおぼろげながら、阿含を捕らえている。
「・・・・タヌキ寝入りかよ」
飽きれと腹立たしさの混じった声で阿含が言う。
「・・・わからん。夢で、おまえが言ってた」
雲水の声はちいさく、かすれていたが口元はうすく笑んでいるように見えた。
「おまえ、熱あること、自分でわかってたんだろ、って」
夢の中の風景を、過去の出来事を、阿含のひとりごとを、
それらがごちゃまぜになった世界の事を、雲水は朦朧とした意識のなかで反芻していた。
「そんで?どうなんだよ」
阿含は投げやり気味に相槌を打つ。
「うん?ああ、知ってた。あのときも、今日も」
雲水のみた夢を見ていない阿含にとって(あのとき)がどの時なのかはわからなかったが、
病人の言うこと、阿含は黙って聞いていた。
「知ってたよ。阿含」
雲水の口調は雲水らしさの範疇を越えてはいなかったが、高熱のせいでかなり断片的であった。
「あごん」
それでも雲水は尚も続ける。
「んだよ、もういいから寝ろよ」
すこし苛立ちながら阿含が言う。
「あごん」
雲水はうすく開いていた瞼を閉じ、うわごとのように呼んだ。
「・・・あんだよ」
寝ているのかまだ起きているのか、雲水の顔をのぞきこみながら阿含が答える。
「俺が、起きたとき・・・まだ、いるか?」
目をとじたまま、静かに雲水が言った。
「・・・・・・居ろっつーのかよ」
阿含はすこしだけ逡巡して、そう言った。
「・・・聞いた、だけだ」
雲水はそう言ったきり、静かに寝息をたてはじめた。
「・・・・・・・・・・」
阿含はおいてけぼりにされた心持ちで、しばらく雲水の顔を眺めていたが、
やがてひとことつぶやいた。
「ずりー奴」
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